鴉 189

 目を閉じてしばらく手を合わせてて、目を開けて一礼した。



 そこで気づく。隣からの視線に。






 光がじっと、俺を見てた。






 何で見てるのか。いつから見てたのか。






「………?」

「お願いごとしてた?」

「………まあ、そうだな」

「いっぱい?」

「いっぱいではないけど………。どうかしたか?」

「だって鴉、すごく長く手を合わせてるから」






 すごく長く。






 自分では分からない。



 どれぐらいそうしてたのか。






 たくさんを願ったわけではない。



 たくさん、ではなく。






「光の側に居られますように」

「へっ⁉︎」

「そう願ってた」

「はっ⁉︎」

「ん?」

「………っ」






 何にそんなに驚いて、何でそこで言葉を失うのか。






 光が口を開けたままで止まってて、固まってて、ちょっとマヌケな顔。



 その顔が、見てる間に見る間に赤くなって、光は俯いた。






 この小さいのは、俺の何にいちいち赤くなるのか。






「………光?」

「………ここは神社だけどさ」

「神社だな」

「神社の跡地、な、だけじゃん」

「………?そうだな」

「なのにお願いごとしても、仕方なくない?」

「………」






 確かに。



 それは光の言う通りだし、俺もそう思ってるところはある。



 ここで願ったところで。



 神に願ったところで。






 でも、そうせずには居られない。






 どんなに泣いても、悲しくても、もう二度と、光のにおいが悲しいだけのにおいに戻りませんように。






 それは、俺がそうさせないってこと。






 もし本当に泣くことがあっても、泣いてるそのときに、側に居られますように。






 それは、そうするってこと。






「光の側に居られますように、は、この先何があっても光の側にいるって俺の決意で、絶対そうするって宣告」






 そういうものなんだ。



 そういうことなんだ。






 そう思って言ったら、またそうやってって光がぶつぶつ言った。






「光」

「………」

「光?」

「………ん?」






 ぶつぶつ言ってる光に聞く。聞いた。







「光は光の父親と絶対に暮らしたいか?」






 俺の質問に、俯いたままだった光が顔を上げた。俺を見た。






 それ、昨日も言ってた。何で?って。






「もし光と光の父親が親子じゃなくても、一緒に居たいか?」






 光の質問には答えず、俺は俺の質問に、もうひとつ質問を被せた。






 え?って、戸惑いの顔。






 光は、真っ黒な目を真っ直ぐ俺に向けて、そしてそらした。



 そらしたまま言った。親子じゃないならイヤだよって。親子じゃないなら考えもしない。






 声は小さかった。でもはっきりと。






「………でも、僕は父さんの子で、僕はまだ子どもだから」






 仕方ないじゃん。






 昨日はあんまり分からなかったそこには、諦めと我慢があった。






 仕方ない。だから。






 じゃあ、それが仕方ないことじゃ、なければ。






「俺には戸籍があるらしい」

「………え?」

「天狗が作ってくれてた」

「………え、ごめん鴉。話が飛び過ぎてよく分かんない。父さんの話はどこ行ったの?戸籍?鴉の?何?どういうこと?」






 決意と宣告。






 そうなりますように、は、こうしたいという願い。



 こうしたいという願いは、そうするという決意。






「神社に神さまは、居なくてもいい」

「だから鴉‼︎話飛び過ぎ‼︎一貫性どこ⁉︎」






 願いを叶えるのは、神さまじゃなくて、自分。



 決意して宣告してそれをやれば、やっていけば、叶うが、叶えるができる。



 そこに神さまは居ない。神さまの力は介在してない。



 だから居なくても。ここに。それでもここは神社。






「俺の子どもになれ、光。そしたらもう、悲しいことは起こらない」

「へっ⁉︎ふえええええ⁉︎子ども⁉︎鴉の⁉︎僕が⁉︎何言ってんの鴉⁉︎うえええええ⁉︎」

「………」






 俺の小さいのは今日もやっぱり騒がしい。






 どういうこと⁉︎何言ってんの⁉︎どこからそんな話が出てきたの⁉︎鴉の子どもって何⁉︎






 きゃんきゃん言いながらうろうろし始めた光の頭を、俺は落ち着けって押さえた。



 押さえた俺の手を、反射的なのか、よくするように光がつかむ。両手で。






「落ち着けるわけないじゃんっ」

「………それでも落ち着け。ちゃんと話すから」






 山をおりたらどうなるか分からない。



 光の父親がどう出るか分からない。






 その不安と心配が少しでも減るように。減らせるように。



 もしもその不安と心配が的中しても、大丈夫なように。






 全部天狗からもらった愛情だけど。



 天狗にもらったからこそ、こうやって光に渡せる。






 そうか。



 どんなに何もない、何もできないって思ったとしても、本当に何もない、何もできない人間なんて居ないんだな。






「………鴉?」






 生きてる。生きている。命がある。






 それだけでできることが。






 何でか、天狗に見せてもらった『ひかり』を思い出した。

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