光 188

 鴉と台所に戻ったら、天ちゃんがコンロのとこでこっちを見てぐふふって笑った。






 お願い。その顔やめてって言ったら負けのような気がする。






 ………言ってて意味分かんないけど、何か負けのような気がする。






 だから敢えてそこは何も言わずに、敢えてのスルーで何したらいい?って聞いた。






「お皿出してくださーい。今日は朝ご飯の王さま、ベーコンエッグでーす。ベーコンはちょっと贅沢にちょっと厚いやつだよ〜。あ、鴉はパン焼いてね」

「はーいって、ベーコンエッグって朝ご飯の王さまなの?」

「ん?さあ?」

「さあって、今天ちゃんが言ったんじゃんっ」

「えーっとね、何となくノリで言ってみちゃいました〜」

「もうっ。僕ちょっと信じちゃったよ」

「あはは、ごめんごめんっ」






 食器棚からいつも使ってるお皿を3枚出しながら、そんな話。






 ここに来てからずっとそうだよね。



 おはようから始まってさ、特に意味のない話をして、盛り上がったり笑ったり。






 うちでは『おはよう』と『いただきます』と『ごちそうさま』しか言ってなかった。



 母さんが居なくなってからは、それさえ。







「ん?どしたの?ぴかるん」






 お皿を出して持ったままコンロの前に立つ天ちゃんと、いつもパンが置いてあるカゴからパンを出してる鴉を見てたら、天ちゃんが肩越しに僕を見た。



 もう焼けるからお皿をちょーだいって。






「コーンスープ飲むならお湯沸かすよ?」

「あっ、飲むっ。鴉は?」

「俺味噌汁」

「え、パンとベーコンエッグに味噌汁?」

「うん」

「パンとベーコンエッグならコーンスープじゃない?」

「………今日は天狗の味噌汁が飲みたい」 

「おっ、なになに〜?嬉しいこと言ってくれるじゃん、鴉ぅ〜。じゃあお湯ひとり分ね」






 天ちゃんと鴉は、仲がいい。



 すごくすごく、仲がいい。






 それをこうして目の前で見るたびに、きっと僕はこの先ずっとこんな気持ちになるんだろうな。






 ………僕が鴉のようにできていたら。






「そう言われたら僕も味噌汁っ」

「え、そうなの?ぴかるんも言ってたけどパンとベーコンエッグだよ?」

「うん。天ちゃんの味噌汁って思ったら天ちゃんの味噌汁飲みたくなっちゃった。おいしいもんね、天ちゃんの味噌汁」

「やだよ〜、この子たちは。朝から天ちゃん泣いちゃうよ〜?」






 ううって、天ちゃんがわざとらしく泣き真似をして、じゃあみんな味噌汁ねって。






 僕が鴉のようにできてたとしても、母さんが生きてたかどうかなんて誰にも分かんないし、母さんはもう居ない。






 居ないんだよ。






 何度でも、言い聞かせる。自分に。






 今の僕にできることは、たらればで嘆いて自分を責めることじゃない。



 たらればって思うなら、それをこれから、側に居る人にやるんだ。やって行くんだ。






「ぴかるんは、たくましくなったね」

「へ⁉︎」






 何か伝わったのか。何が伝わったのか。



 僕から。天ちゃんに。






 たくましく。






 自分じゃそんなの分かんない。



 でも、気持ちの切り替え的なのは、ちょっと上達したかもとは思う。



 こういう考え、思考っていうの?気持ちとかさ。勝手に出てくるんだよって、分かったら。






「さすが鴉の嫁〜」

「嫁じゃないっ‼︎」

「じゃあ婿?」

「結婚してないっ‼︎」

「あれ⁉︎じゃあ天ちゃんってばまさかの姑⁉︎」

「だから結婚してないし‼︎できないし‼︎何でまず女の人設定なの⁉︎」

「それは………天ちゃんも聞きたい」

「………」

「もうっ」






 天ちゃんがふざけるから、たくましくなったってどういうこと?は、結局聞けなかった。











 今日は神社と棘岩に行くことにした。



 神社でやることはもうないから、鴉が来る必要はなかったのに、鴉が自分から行きたいなんて、手を合わせたいなんて言うから一緒に行くことにした。



 お弁当も作ってもらった。






 着いて本殿の中のお供え物のお水をかえて、天ちゃんが作ってくれた木彫りの僕ときーちゃんに向かって鴉とやった。2回頭を下げて、手をぱんぱん。






 本当ならここで何かお願いごととかだよね。



 ………でもなあ。







 目の前にあるのは、僕だよって言ってくれた木彫り。






 僕、なんだよね。






 だから僕は、ありがとうございますだけを声には出さず言ってみた。






 もう1回頭を下げたら、隣では、鴉が目を閉じて手を合わせたまま。






 何を、そんなに。






 びっくりするぐらい鴉は、木彫りの僕ときーちゃんに向かって長く手を合わせてた。

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