鴉 188
朝ご飯の後、天狗はいつものように部屋に行き、俺と光が、他小さいのと3人で残された。
「光。今日はどうするんだ?」
「あ、僕神社行きたい。その後棘岩行きたい」
俺に答えてから、いっちゃんそれでもいい?って、ひとつ目に。
俺が光に聞いて、光が俺に答えてひとつ目に聞いて、聞かれたひとつ目はダイニングテーブル、光が座る足元で頷いた。
神社か。
神社なら。
「神社、俺も行く」
「へ⁉︎」
「俺も行きたい」
「もう完成したから大丈夫だよ?」
「手を合わせに行きたいから行く」
「手を合わせに?」
「そう。行きたい」
かつて気狐と他の何かが居たらしいあの神社に、今は何も、誰も居ない。………らしい。
俺にはよく分からない。そうらしい。
何も、誰も居ないところに、光や俺たちで直した本殿があって、そこにただ、天狗が作った木彫りの光と気狐、僅かなお供え物が置いてある。
神社なんて、名ばかりのもの。
だからそもそもの話、そこに行って手を合わせて神頼みをしたところで、なんだ。
いや。そもそもそもそものそもそも、神頼みしたところで。
天狗やひとつ目、気狐にネコマタ。その他もののけ。プラス赤鬼緑鬼。
そんなのが普通に居るんだから、神さまってやつも実際居るのかもしれない。普通に。
でもその神さまが、一個人の個人的すぎる頼みごとを聞いてくれるとは、俺は思わない。
だってそうだろ。
神頼みするだけで聞いてもらえるなら、きっとこの世界はこんな風ではあり得ない。きっともっと。
山をおりてのにおいを思い出す。
くさい。悪臭。マスクなしでは居られない。
神頼みして聞いてもらえる世界なら、世界はもっと。
………ひどい世界な気がする。
「じゃあお弁当作ってっ」
「………分かった。作る。光はたまご焼きな」
「うん、作る。他は何にする?」
「何にするか」
「何がいいかなぁ。鴉が作るのは何でもおいしいからなぁ」
来週っていう曖昧な予定だけで、まだ『杏奈さん』のところへ行く日は決まっていない。
天狗のところに連絡するって。
その天狗からまだ聞いてないから、多分連絡がまだなんだろう。
でもそれは、もう、すぐで。
「鴉は何がいい?」
「光の好きなもの」
「………それズルくない?」
「………?」
「だってつまり考えるの僕じゃん」
「………だな」
「だなじゃないっ‼︎鴉も考えて‼︎」
俺の小さいのは今日も元気だ。
仕方ないから、持っていくおかずを一緒に考えた。
弁当を作って家事を一通り終えてから、俺は歩いて、光たちはネコマタに乗って神社に向かった。
いい天気だ。
布団を干して正解。
光を見つけた頃は、木々から漏れる日差しが強かったのにな。
同じように晴れてる空から降り注ぐ日差しは、その時よりぐっとずっと弱くなっていた。
「光」
「なあに〜?」
「寒くないか?」
「きーちゃんであったまってるから大丈夫〜」
ネコマタに乗る高い位置の光に大きめの声で聞けば、光もいつもより大きめの声で答えて、ほら見て〜って抱えた気狐をこっちに見せた。
気狐が満足そうに見えるのは気のせいか。
カラスが不服そうに見えるのは気のせいか。
………気のせいってことにしておこう。
神社に到着して本殿の中のお供え物の水をかえた。
お水はできれば毎日、米と塩は週に1回とか2回とか決めてかえたらいいと思うよっていうのが天狗からのアドバイスだった。
形だけの神社でも、神社だからねって。
それから並んで手を合わせた。ニ礼二拍手一礼。
して。
言ったところで、だけど。
そもそも、だけど。
どんなに泣いても、悲しくても。
もう二度と、光のにおいが悲しいだけのにおいに戻りませんように。
もし本当に泣くことがあっても、泣いてるそのときに、側に居られますように。
神の居ない神の家に、俺はかなり本気で、祈った。
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