光 187

 刺さってない自分に、刺さってないって思って。



 それから。






 刺さってない⁉︎



 刺さってない‼︎



 刺さってないよ⁉︎って。






「いっちゃん‼︎かーくん‼︎きーちゃん‼︎」






 まだ僕の布団の上でもぞもぞしてる3人を思わず呼んだ。






「………よかったね、ひかる」






 クワっ






 きゅう






 3人が、それぞれに言ってくれて、うんって。



 もう一回見る。改めて見る。色んな角度から見る。






 ない。



 何もない。どこにもない。



 本物なら死んでる、首のとこにあった矢が。



 本物じゃなくても、刺さったままだったらヤバかった矢が。跡形もなく。






 って、報告‼︎教えなきゃ、鴉に‼︎






 そうだ、ぼけっと浸ってる場合じゃない‼︎って、すぐに僕は部屋を出てダッシュした。



 ダッシュしながら大きい声で言った。



 ご近所さんが居たら迷惑レベルの大声。






「抜けたあああああっ‼︎抜けたよ‼︎もう刺さってないよおおおおおっ‼︎」






 抜けると思ってたよ。もうすぐって思ってた。



 それが本当にすぐだった。



 すぐすぎてびっくりだった。






 ダッシュそのままの勢いで、僕は台所に飛び込んだ。






「おっはよー、ぴかるんっ」

「………おはよう」






 台所。



 ダイニングテーブルのいつもの席に鴉と天ちゃん。






 あれ、朝ご飯の準備してない。



 いつもならこの時間は。






 っていうのと、この、種類のまったく違うイケメンふたりをこうして見るのも、そうだあと数日になっちゃうんだっていうので、ダッシュの勢いが萎えそうになった。



 でもそこは。






 ここで萎えたら足が止まりそうで。気持ちまで止まりそうで、僕は手と足とお腹にぎゅって力を入れて踏ん張った。堪えた。止まるな。進め。ぶち進め、僕。






「おはようっ‼︎ねぇ見て‼︎見て見て‼︎矢がない‼︎刺さってない‼︎抜けた〜っ‼︎」

「おおおおっ‼︎本当だねっ。やったね、ぴかるんっ」

「うんっ。ねぇ、鴉来て‼︎鏡見て‼︎ねぇ早くっ‼︎」






 天ちゃんは僕を見れば分かるから、僕は椅子に座ってる鴉の腕を引っ張った。



 っていうか、鴉に見てもらいたいんだよ、僕は。






「か〜ら〜す〜っ‼︎」






 なのに鴉は、引っ張っても引っ張っても立ってくれない。






 立たないのは、どこかで抜けなくてもいいって思ってたから?



 抜けたら山をおりる。だもんね。僕。



 つまり、抜けないなら。だから。






 ちらって鴉が僕を見上げた。



 見てよ〜って、腕をぐいぐいした。






 今度は僕の番じゃん。僕が踏み出す番じゃん。



 だから喜んでよ。喜んで欲しい。



 このままの勢いでいさせて。こわいのなんか、どっか行っちゃうぐらいに。






 鴉はそんな僕を見て、1ミリだけ笑った。



 しょうがないなって言ってるみたいだった。ちょっと不本意のような。



 でもゆっくり立ち上がったから、つかんでた腕をそのまままた引っ張ってく。



 早く早くって。止まりたくないから。ぐいぐいって。






 引っ張って引っ張って。



 まだ起きて布団もそのままの部屋。



 いっちゃんたちがまだまったりしてる部屋。



 布を退けたままにしてた鏡の前に、ほら見て‼︎って僕は立った。






「ね?ないでしょ?」

「………ないな」

「やっと全部抜けた。抜くことができた」

「………うん。頑張ったな」






 頑張ったな。






 それ、嬉しいやつだ。







 頑張ったって、何を頑張ったのかって聞かれるとさ、分かんない。



 矢を抜くんだ‼︎って何かをしたとかじゃない。



 ううん、したけど、それは特定の、これって行動じゃない。もっとあやふやなもの。






 でもさ。






 頑張った、よね。



 僕、すごい頑張ったよね?






 母さんが死んじゃったんだよ。



 父さんが僕を放って帰って来なくなっちゃったんだよ。



 学校で先輩たちに襲われたんだよ。



 もう何もかもがイヤって、死にに来たんだよ。ここに。






 それがさ。



 こうして。






 ………うん。僕はめちゃくちゃ頑張ったと思う。



 めちゃくちゃ褒めていいと思う。僕は僕を。







 鴉がいつもみたいに僕の頭に手を乗せた。



 そのままくしゃくしゃにされるのかと思ったら。






 思ったら‼︎






 鴉がそのまま僕の頭をぐいって引っ張るから、僕はわわって鴉に。頭が、鴉の肩らへんに。






 ………くっついた。






「もうっ‼︎びっくりするじゃんっ」

「………」

「………鴉?」






 鴉は何も言わず、僕の頭を抱えた。






 あと少し、だから?



 また会えるけど、また絶対会うけど、これで終わりじゃないけど、一旦は。この毎日は。






 だからかなって思ったのに。鴉は。







「どさくさ紛れににおい嗅がないで💢」






 僕の頭で鼻をふがふがさせてた。






 ………寂しいのかな。






 ちょっとお預けになっちゃうもんね。これ。






「………よかったな」

「………うん」






 少しの間そうしてて、鴉がぼそっとそう言ってくれた。






 よかった。






 よかった、よね?






 一旦は離れ離れだけど、でも、これで。






「ありがとう、鴉」






 鴉が居なかったら、抜けてなかったかもしれない。



 天ちゃんだけじゃ、もっと時間がかかったかもしれない。



 天ちゃんだけだったら、僕はそもそも拾われてなかったかもしれない。






 鴉が僕を拾ってくれたから。






 そう。



 死にに来たこの山で、僕は生きる光を見つけた。






 ………母さん。






 光って名前を、ありがとう。



 父さんとのことも頑張って、名前に負けない僕に、僕は。






 なるね。

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