鴉 187

「抜けたあああああっ‼︎抜けたよ‼︎もう刺さってないよおおおおおっ‼︎」






 ずどどどどどってすごい勢いの足音と、光の大きい声。






 ちょうど光の話をしてたからっていうのもあって、思わず天狗を見た。天狗も俺を見た。



 一瞬の間。そして破顔。天狗の。






「かわいいよねぇ、ぴかるんって」

「………」






 半ばぼやきのように破顔しながら天狗が言ったのと、ねぇ、見て‼︎って光が台所に飛び込んでくるのがほぼ同時だった。






「おっはよー、ぴかるんっ」

「………おはよう」

「おはようっ‼︎ねぇ見て‼︎見て見て‼︎矢がない‼︎刺さってない‼︎抜けた〜っ‼︎」

「おおおおっ‼︎本当だねっ。やったね、ぴかるんっ」

「うんっ。ねぇ、鴉来て‼︎鏡見て‼︎ねぇ早くっ‼︎」






 ぐいぐいぐいぐい。






 椅子に座る俺の腕を、かなりのハイテンションで引っ張る光。






 抜けた。



 いや、抜けてたけど。



 抜けたと光が知ってしまった。






 って、ことは。






「か〜ら〜す〜っ‼︎」






 ぐいぐいぐいぐい。



 ぐいぐいぐいぐい。






 立たない俺を、引っ張る光。






 分かってるのか、この小さいのは。



 抜けたってことは、それは光が。






 光を見上げたら、光は嬉しそうだった。



 見てよ〜って、嬉しそうだった。






 そんな顔見せられたら、な。






 光がもうすぐ山をおりること、それが光が泣くことに繋がること、は、とりあえず置いておこう。



 今は一緒に、ただ抜けたことを喜ぼう。






 俺は引っ張られるがままに立ち上がって、引っ張られるがまま光の部屋に行った。



 ごゆっくり〜って、天狗の言葉を背中で聞きながら。






「ほらっ‼︎見て見て‼︎」






 そして鏡の前。



 鏡の中。






 うつってる光に。その首に。矢は刺さっていなかった。






「ね?ないでしょ?」

「………ないな」

「やっと全部抜けた。抜くことができた」

「………うん」






 頑張ったな。






 俺はいつも通り光の頭に手を乗せて、そのままぐいって光の頭を引き寄せた。



 わわってバランスを崩して、俺にくっつく光。






「もうっ‼︎びっくりするじゃんっ」

「………」

「………鴉?」






 山をおりて、父親と会って。………会うのか?会えるのか?



 そこまでは聞いてない。聞いても多分天狗にも分からない。



 ただ。






 泣く。光が泣く。



 何か悲しいことが待っている。



 せっかく日に日にひなたのにおいが強くなっていく光なのに。






 頼む。お願いします。






 今日光は神社に行くだろうか。



 行くなら俺も行こう。



 行かないなら俺だけで行こう。



 そして願おう。






 頼む。お願いします。






 光が。どんなに泣いても、悲しくても。



 もう二度と、悲しいだけのにおいに戻りませんように。






「どさくさ紛れににおい嗅がないで💢」






 光の頭に鼻を埋めてたら、いつも通りに怒られた。






「………よかったな」

「………うん」






 ありがとう、鴉。






 俺にくっついてる、俺がくっつけてる俺の小さいのが、小さい声でそう言った。

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