鴉 191

「どったのふたり?ケンカでもした?」







 神社に行って、棘岩に行って、弁当を食べて帰って来ての、天狗の第一声がそれだった。






「………いや」

「してないよ?」






 台所。






 天狗はお茶を飲んでて、俺たちは手を洗ったところだった。






 ケンカなんかしていないし、別に普段と特別何かが違うんでもない………はず。



 神社で『もし』のときの話をしてから、光がちょっと………なだけで。






 光。






 神社で話してから、口数が少ない。減った。



 考え込んでるのかもしれないし、心配や不安を煽ったのかもしれない。



 怒ってるとか機嫌が悪いとは違うだけに、どうしていいのか。






 っていうのは、ある。あった。



 それを、多分天狗は敏感に察知した。






「鴉。何があった?」






 声。






 ああ、これはうやむやにしたらダメなやつなんだな。






 もう声で分かる。天狗の。



 横で光の肩がびくって上がった。そういう声。






「ふたりとも座って」

「………ん」

「………はい」






 台所。ダイニングテーブル。いつもの席。






 光と並んで座って、神社で光に話したことを話した。











「それで?ぴかるんは何でそんな顔してんの?」






 俺の説明を聞いて、聞き終わって、すぐに天狗は光に聞いた。






 声も口調も、普段の天狗と大差ないのに、光は少しだけ肩を揺らした。






「………話が、急だったから」

「はいそれウソ」

「ウソじゃないよ‼︎誰だって考えたこともないことを急に言われたら、びっくりするでしょ⁉︎」






 テーブルに落としていた視線をやっと上げて天狗を見て光が言ったのを、天狗は静かに静かに受け止めた。



 その静かなまま光を見て、光は逃げるように顔を背けた。






「………聞いたことあるよ。養子縁組って。そんな制度があるって」

「………うん」

「でも、そこまで鴉に………天ちゃんにもだけど、してもらうのは、ダメな気がするから」

「それは何で?」

「ダメだよ‼︎ダメでしょ⁉︎普通に考えたら‼︎」

「だから何でぴかるんはダメって思うの?」






 さっきから、気になってる。光のにおい。






 あんなにひなたのにおいがするようになってたのに、今は違う。また悲しいにおいがしてきてる。






 俺?



 俺のせい?



『もし』の話のせい?






「まだ、父さんがどうするのか、どうしたいか分かんないし」

「それから?」

「………鴉とは、血のつながりも何もないし」

「それから?」

「………これ以上ふたりに迷惑かけたくないし」

「それから?」

「………」






 絵に描いたような追い詰めと追い詰められ。






 天狗の静かな問い掛けに、光の声がどんどん小さくなっていって、光はどんどん下を向いていく。






 そこに。






「光」






 低く鋭い声での、光呼び。



 本当のことを言うよう、その声が促してる。






「………だって」






 それに観念したらしく、光がぼそぼそと話し始めた。






「………だって、僕が鴉の子どもになったら、鴉は本当にがっつり山をおりなきゃでしょ?がっつり働かなきゃでしょ?そしたら………そしたらそこで、僕よりいい人が見つかるに決まってるじゃん。鴉はカッコいいし優しいし、そんな人、まわりがほっとくはずないじゃん。………なのに僕が居たら。僕と居たら、僕が成人するまで僕のこと養わなきゃじゃん。僕ただのおじゃま虫じゃん。お荷物じゃん。………僕、そんなの絶対に………イヤだよ」






 光は一気にそう言って、やだよってもう一回、小さくつぶやくように言った。






 ………俺の小さいのは、時々よく分からない考えをする。






 そんなことしない。そんなことにはならない。



 そう言って頭を撫でようとした。






 けど。できなかった。



 光って、天狗が俺より先に光を呼んだから。






 声と、呼び方が、まだ。






「話してくれてありがとう」






 ありがとうって言ってるのに、声がまだ。



 光。天狗が呼んで。言った。






「光は、鴉が山をおりてたくさんの人と関わったら、簡単に心変わりをするような子だって思ってるの?」






 その言葉に、俯いてた光がガバって顔を上げた。






「違うよ‼︎」






 ぴんって空気が、張り詰めた。

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