鴉 186
「………まあそうだよね。うん。ぴかるん言ってたしね」
そう言いながら天狗は起き上がって、今度はコーヒーを飲んだ。
自分を落ち着かせるために。の、ように見えた。それは。
「これはオレとひとつ目ちゃんと気狐ちゃんの共通認識なんだけど」
「………?」
「ぴかるんは泣く」
「………え?」
「多分ぴかるんのお父さん絡みで」
「………え?」
光が、泣く?
光の父親絡みで?
泣くって何で。どういうことだ。
何で泣く。何で泣かせる。
息子を。子どもを。親だろ?
親に捨てられて、親が居ない俺が言うのはおかしいと思う。
それでも。思う。何でだ。
それでも思うのは、俺に天狗が居るから。
だって天狗は、『俺の父親』はしない。俺が泣くようなことは。
「何となくそう思う、以上のことは分かんないから、何とも言えないんだけどね。そんな感じがすごくしてる」
「………」
「オレだけがそう思うならまだしもさ?どうやらオレだけじゃないから。だから、この先泣くようなことがあっても少しはいいようにってね。鴉とぴかるんの関係をちょっとでも深めて欲しかった。イタズラで矢の細工をしたんじゃないよ?」
って。
天狗が眉尻を下げた情け無い顔で言ってる。
それは別に。俺は別に。俺と光のことは。
ただ光が。
母親が死んで、父親が帰って来なくなって、でも光を探してるってニュースでやってて、なのに?
心配してるから探してるんじゃないのか?
やり直そうと思ってるから探してるんじゃないのか?
分からない。意味が。理由が。
父親絡みで光が泣くようなことって。
まさか。
「あ、大丈夫。パパるんは生きてる」
「………パパるん?」
まさか父親まで命を………って俺が考えたのが、天狗に伝わったらしくての言葉。
では、あるにはある。けど。
………パパるんって。
「え?そこ?」
「………」
「ぴかるんのお父さん。つまり、ぴかるんのパパ。略して『パパるん』」
「………」
「鴉‼︎顔‼︎顔‼︎顔に思いっきり『何言ってんだ?天狗』って書かないで、お願い‼︎」
「………」
「だから顔‼︎」
顔って言われても。
思ったことが顔に出てるだけで、それは思ったんだから仕方ない。
そしてそんなことはどうでもいい。
光の父親は生きてる。
でも、光は泣く。父親絡みで。
それが何を示しているのか。
「で、だね」
「………?」
わざとらしく咳払いをする天狗が、続けた。
「前にも言ったけど、どうするか決めた?」
「………何を?」
「ぴかるんのこと。鴉の息子にする?それともオレの息子にして鴉と兄弟になる?」
「………え」
「もう〜。『え』じゃないよ、鴉〜。はっきり決めよ?さくっと決めよ?そしてどんどん話を進めてこ?」
確かに聞いた。言われた。
戸籍の話。光をどうするかって話。
俺と光が?俺が光を?って思って、そんなことできるのかとか、いや、でも、とか。
色々考えてるうちに色々あって。
そんな。
はっきり、さくっと、どんどんって。
光の気持ちとか、あるだろ。
父さんに味噌汁を作ったら。
そんなことを思うぐらいには。
そう言ってた光の。気持ち。
「急に戸籍だの養子だの言われても困るかもだけどさ。オレはね、大事な鴉の大事なぴかるんを泣かせることは、それが誰だって絶対に許さないって決めたから」
「………」
「ぴかるんを守れるなら、オレは何だってする」
ぞくって、した。その顔と声と空気に。
これは多分、天狗の、『もののけ』の一面。
天狗はどこからどう見ても人間だし、人間のことが好きだと思うし、人間に対して優しいと思う。
でもやっぱりどこかが、何かが違う。
優しいけど、冷たいというか、厳しい部分をあわせ持ってて、冷たく厳しい部分は死ぬほど冷たく厳しくて、容赦がない。
「ま、とりあえずは、人間のルールでね」
「………」
「パパるんとちゃんと話せるかどうかは謎。ただ、話してもあんまり分かんないようなら力ずくで行くから、親子になるか兄弟になるかだけ決めといてね」
念を押すってことは、本気の話。言葉。
それがいいって思ってるってこと。
天狗がそう思い、そう言うならそうなんだ。
光と親子。
光と兄弟。
………どっちもどっちで。俺には。
「………天狗はどっちがいいと思ってる?」
「オレ?オレは………鴉と親子、かな」
「何で?」
「そこはほら、人間同士の方がね。やっぱ後々楽よ。オレだとどうしても、偽造しなきゃだから」
「………」
異種と同種の差。
そういうこと、か。
「あ。これは単なる戸籍上の、ぴかるんが成人するまでにぴかるんに自由と安心を与えるための手段だから、気にせず遠慮せず、『両思い』で居て大丈夫だからね❤️」
ぐふふふ。
さっきのぞくってする顔と声はどこへ。
天狗ががっかりな顔に、なっていた。
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