光 185

 僕がお疲れさまって言ったら、鴉はうんって言ってからふうって息を吐いた。






 そして、僕が乗ってる身体から力が抜けた。






 そうか、僕が乗ってるから力が入ってたんじゃなくて、まだどこか緊張が残ってたから力が入ってたんだ。






 そうだよね。それぐらいのことだよね。



 一生行かないって思ってたところに行ったんだから。



 一生やらないはずの仕事をして来たんだから。






 一生。



 死ぬまで。






「………鴉」

「………?」






 なら僕も、やっていいんじゃない?



 なら僕にも、できるんじゃない?






 こわいこわいって言ってたって、こわいのは消えない。



 不安や心配は、頭の中で解決することなんかできない。



 こわいのを、不安を、心配を消すには、消すためには、一歩踏み出してそのこわさに。






 ぎゅうううううって目を瞑って、僕は鴉の首に腕を回した。






 ぶつかって行くしかないんだ。






 こういうこと………つまり恋愛絡みとそれに付随するスキンシップは、一生しない、死ぬまでしない、するつもりなんかこれっぽっちもない。できない。したくない。






 そのはずだった、のに。






 死にに来たここで死ねずに生きてて、僕は。






「光」






 明らかに戸惑ってる鴉が、僕の下から僕の肩を押す。



 離れろ、的な。






 でも僕は、それこそ断固拒否、で。



 余計にぎゅって、しがみついた。






 今日めちゃくちゃ頑張った鴉の、こわさを飛び越えた強さが僕も欲しい。



 今ここで僕も飛び越えたら。これが一歩になったら、もう一歩、もう一歩って、足が出るかもしれないじゃん。



 勇気が出るかもしれないじゃん。






 勇気。



 人を信じて好きになって、は、奇跡的にできたから、これから色んなことを許せる勇気。



 そして。






 ここを出る勇気。



 家に帰る、勇気。






「………どうした?」

「………もし」

「………うん」

「もし、来週鴉が杏奈さんのお店を手伝う日までに、僕の矢が抜けたら。そしたら」






 そんな風に考えてたんでもないのに、僕はそんなことを言ってた。口にしてた。






 もう抜けるから。僕の首のとこに刺さった矢は。






 身体が軽いんだよ。重くなったりしない。全然。






 だからもう、それはすぐ。本当にほんのすぐなんだ。






 ほら早く‼︎






 自分で自分を急かす。






 早く続きを言いなよ‼︎



 決めてたんでしょ⁉︎僕‼︎



 矢が抜けたらここを出るって‼︎山をおりるって‼︎



 もう抜けるんだよ‼︎絶対絶対そうなんだよ‼︎



 今日明日明後日レベルなんだよ‼︎






 居たいけど、ずっとここに居たいけど、仮に居るにしたって行方不明なままじゃ、捜索願いが出されたままじゃダメなんだ。



 父さんが僕をどうするのか分かんないままじゃダメなんだ。






 ダメだし、僕は今みたいにこそこそじゃなく、堂々と鴉や天ちゃん、いっちゃんかーくんきーちゃんまーちゃんと居たい。



 そのためには。






「その次の日に僕、山をおりるね」






 踏み出す一歩。これが僕の。






 鴉への自分からのハグ。



 山をおりて家に帰る。






 これが僕の出す、一歩。







 痛いぐらいの沈黙に、部屋がなった。

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