光 182

 落ち着いたのはいっちゃんの癒しのおかげもあるのかな。な、押し入れの中。






 逃げて来たのはいいけど、どうやって戻ろう。



 天ちゃんが多分もうちょっとしたら仕事に行くから、行ってらっしゃいはしたい。



 激しく恥ずかしいのはあっても、そこは外せない。



 でも、逃げてきただけにすごすご戻るのも恥ずかしい。






 ………とか思いながらさ、思っちゃってるんだよね。僕。さらに恥ずかしいことを。






 ここで待ってれば、鴉が来てくれるから大丈夫、なんてことを。






 うっわ、何それめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん‼︎って、じたばたしたかったけど、押し入れの中は狭い上に人口密度が高くて、でもじたばたしたくて、僕は仰向けになって足だけをばたばたした。させた。






 そしたら、光って。






 ほら。来た。来てくれた。お迎え。鴉の。






 いやちょっと僕。



 ほらって何、ほらって‼︎



 鴉だって毎回こんなことしてくれないよ⁉︎あんまりこんなことばっかしてると、またかって呆れられるよ⁉︎






 色んな感情がごちゃ混ぜになってぐぬぬぬぬってなって、僕は鴉の方に背を向けた。






 ちょっと鴉を直視できる気がしない。






 鴉の、部屋に入ってくる気配。足音。



 そして。






「夜ご飯、何がいい?光の好きなやつ作ってやる」






 僕のすぐ後ろ。



 声が近い。多分だけど押し入れを覗いて。






 反対側を向けないまま、鴉のご飯は何でも好きだから何でもいいって答えたら、ぼそぼそって鴉は言った。






「俺は光の食べたいものが作りたい」






 って。






 これには本当、本気でもう‼︎って。もう‼︎‼︎って、なった。






 もう‼︎この人は‼︎鴉は‼︎






「もうっ。またそうやって僕をタラすっ」

「だからタラすって何だ?」

「気にしないでっ」






 文句を言うけど、説明はしない。



 それはさらなるタラされ被害を被らないため。自己防衛のため。



 でも文句も言いたい。タラされすぎてしんどい。タラされるたびに僕は。






 ………ぐぬぬぬぬ。






 僕‼︎僕はの続きは考えちゃダメ‼︎






「とりあえず出てこい」






 また墓穴を掘って落ちて自爆しそうな僕に、ぼそって声と、にゅって出てくる鴉の手。



 指が長くてキレイでデカいその手が、僕の手をつかんだ。






 天ちゃんはまだ居る。多分仕事に行く準備をしてるとこ。



 行ってらっしゃいはしたい。






 けど。






 ………けど‼︎






 恥ずかしい。アレを聞かれてたと思うと超絶猛烈恥ずかしい。



 人生初の『好きだよ』を、何で聞いちゃうかな⁉︎いくら天ちゃんでもそれは‼︎それは‼︎






「もう聞かないからって、天狗が」






 あまりにも動かない僕に、鴉がまたぼそっと言った。



 今回に限り、らしいって。






 ………本当かなぁ。






 天ちゃんなら面白がってまたやりそうって思っての心の声は、どうやら心の声じゃなくて漏れてたらしい。






「天狗は言ったことはちゃんと守る。だからきっともうやらない」

「じゃあ何で今回は?」






 他でもない鴉が。



 ずっと天ちゃんと一緒に居る鴉がそう言うならきっとそうなんだ。






 僕は仕方なく、僕の手をつかんでる鴉のデカい手をつかんで仕方なく押し入れから這い出した。






「心配して」

「心配?」

「天狗もひとつ目も気狐も、俺と光を心配してくれてる」

「………心配って何を?」

「イタズラでも揶揄いでもない。心配。俺と光が気持ちをちゃんと言葉にして、はっきりさせてなかったから」






 きっ………気持ち………。



 気持ち⁉︎






 ええ⁉︎ってなってもう一回自分の中で気持ち⁉︎ってなって、ええ⁉︎って、顔が。






 顔が、熱い。






「とりあえずあやふやなままじゃ、いつか不安になる日が来るかもしれない。不安になって、また矢が刺さるようなことになるかもしれないって」

「………そっか」






 矢。






 せっかくあと1本、あとちょっとになった矢が。また。



 そっか。天ちゃんは、いっちゃんもきーちゃんも、それを。






 そっか。



 そうなんだ。






「ありがとう。って言いたいけど、聞かれて僕はめちゃくちゃ恥ずかしい………」






 ありがとう、なんだけど。



 心配してくれて、そうならないように気にかけてくれて。



 それは嬉しい。確かに嬉しい。






 けど。






 けど‼︎






 ううって、恥ずかしさにがっくりってしたら、僕の手をつかんでた鴉の手が僕の手から離れて頭に乗った。






 そして来た。また来た。






「俺は嬉しかった」






 嬉しかった。






 そっか。






 僕は、鴉がそう思ってくれたことが。






「言葉にすることは大切」

「………うん」

「プラスもマイナスも、言葉にって」

「マイナス?」






 恥ずかしいは恥ずかしい。



 でも、鴉が嬉しいって思ってくれたんならって、ちょっと立ち直ったとこに、マイナスもって。






 マイナスって?






 聞いたのは僕なのに、その質問を別の質問で返された。






「タラされるって何だ?」

「へっ⁉︎」

「分からないから知りたい」

「そっ…それは、きっ…気にしなくていいよ‼︎」

「気になる」

「気にしなくていいって‼︎」

「気にする」

「何で⁉︎」

「それが光のイヤなことなら、それをやめたいから」

「………え?」






 え。






 ここまで散々恥ずかしいのでいっぱい。



 そこにさらにタラシタラされを説明して、僕は今日どこまで恥ずかしくならなきゃいけないの⁉︎ってなってたら。だよ。






 ぴたって。



 鴉の言葉に、恥ずかしいの洪水が止まった。






「プラスのことを言葉にして伝える。でもマイナスのことも言葉にして伝える。言われて、されてイヤなことを言葉にして伝えてくれれば、俺がそれを光にしなくていいようになる。なれる。する。俺はそうしたい」






 究極の僕タラシ、鴉。



 に、究極にタラされる、僕。






「ずっとこんな風にいたい。光といたい」






 鴉は究極過ぎて、僕タラシのもう、達人レベル。






「………それ」

「………?」

「タラすって、そういうの」

「………??」

「鴉はすぐそうやって僕が聞いて嬉しいと思うことを言って、僕は」






 僕は。僕は‼︎






「………そのせいで僕は‼︎どんどん鴉のこと好きになっちゃって困ってるんだよ‼︎」






 って‼︎



 っっっっって‼︎






 僕に何てことを言わすんだよ‼︎鴉のばかっ‼︎






「恥ずかしいいいいい‼︎」






 僕はうるさいぐらい大きな声で叫んでその場に突っ伏した。






 もう‼︎今すぐ‼︎今すぐ僕に地球の裏側まで掘ることを許可して下さい‼︎その技術を僕にください‼︎






「………光」

「何‼︎僕今絶賛恥ずかしい中‼︎」

「思ってることを言ってる。思うことを言ってる」






 ほら。



 ほら‼︎






 タラされるを説明したら、これ絶対言われると思ってた‼︎






 ほら‼︎じゃん。






「………光?」

「………分かってる。けど聞かされる僕は聞いてて恥ずかしいんだよ」

「イヤか?」






 どこまでも恥ずかしい僕に、どこまでも天然に真面目に聞く鴉。






 イヤか?って。



 イヤかって?






「光がイヤなら」






 どこまでもどこまでも。






 もう‼︎






「イヤじゃないよ‼︎………って、イヤだけど‼︎そういうイヤじゃなくて‼︎」






 言葉にする。



 それは大事だって、分かった。すごくよく分かった。



 鴉がその大事なことを、僕にしてくれようとしてることも。






 分かる、よ。



 ただ。ただ僕は‼︎






「………恥ずかしいのと、どうしていいか分かんないだけ」

「じゃあ、やめなくていい?」






 だからさ‼︎



 もうさ‼︎






「………」

「………」

「………」

「………光?」

「やめて欲しいけど‼︎それは僕の身が持たないからやめて欲しいけど‼︎でもっ………」

「でも?」






 うわああああって。






 耐えきれなくなって、いっぱいいっぱいで、僕は一旦叫んだ。



 キャパオーバー。キャパオーバーだってもう‼︎






 でも、言葉に。






 天然に真面目に僕を想ってくれる鴉に、ちゃんと。言葉を。






 僕は心をぜえぜえさせながら、深呼吸をした。






 相手は達人。僕は素人。頑張れ僕。






「………ちゃんと嬉しいんだよ」

「………」

「………だから………そのままの鴉でいい」






 叫んだと同時に突っ伏してた。



 視界ゼロ。



 だから達人相手に。






 健闘できたよね?頑張ったよね?






 もう僕の今日のエネルギーは残ってないどころか足りないどころか干からびどころか明日の分まで使った気がする。






「分かった」






 ぽんって頭に鴉の手。






「とけそうだな」






 恥ずかし過ぎて熱いのがバレて、くすって笑われた。






 全部鴉のせいなんだからね‼︎






 って文句は、残念ながらエネルギー不足で言えなかった。

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