鴉 182
じゃあ仕事行く準備するね〜って、3回派手にティッシュで鼻水を拭いてから天狗はいつものように支度を始めた。
洗面所から、目やばっ‼︎って聞こえてくる。
まさか天狗が泣くとは思ってなかった。
客相手の仕事なのに悪いことした。明日の朝に話せばよかった。
『ホストは顔も大事なんだよ〜』って、仕事を始めた頃に聞いた気がする。
「冷やす?」
「ん〜?多分大丈夫〜」
冷やすなら、タオルと氷水の準備をしようと思ったけど、天狗が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。
なら、俺は。
「光見てくる」
「うん、よろしく〜。ほんっとぴかるんは恥ずかしがり屋でかわいいよねぇ。もう聞かないからって言っといて〜。今回に限りだからって」
「………ん」
ぐふふふ。
洗面所から聞こえる気持ち悪い笑い声を背中に、俺は光の部屋に光を迎えに行った。
今までの光から予想すると、部屋のすみで丸くなって座ってるか、布団に潜ってるかのどっちかだな。
それは半分あたっていて、半分外れた。
光は何故か押し入れの中に居た。
………天狗からダッシュで逃げて押し入れ。
新しいワザだな。
俺の小さいのの行動は不可解で面白い。
………いや、光だけじゃなくひとつ目もカラスも気狐も押し入れに居るけど。
小さいのが狭いところにぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「光」
ドアは開いてた。
だからドアのところで呼んでから、部屋に入った。
「夜ご飯、何がいい?光の好きなやつ作ってやる」
膝をついて押し入れを覗く。
いくら光が小さくても、さすがにちょっと窮屈そうだった。
こっちを背にして、横向きになってる。
そのまわりにわらわらと小さいのが3人。
「………鴉のご飯は何でも好きだから何でもいい」
「俺は光の食べたいものが作りたい」
何がいい?って聞くのは、結局のところそれ。
光の好きなもの。光が食べたいもの。光が喜ぶもの。
「もうっ。またそうやって僕をタラすっ」
「だからタラすって何だ?」
「気にしないでっ」
気にしないでって言われても、こう頻繁に使われると。
とりあえず出てこいって、もうって怒った弾みに、こっちを向いて少し身体を起こした光の手をつかんだ。
動かない光。
「もう聞かないからって、天狗が」
「………」
「今回に限り、らしい」
「………本当かなぁ」
「天狗は言ったことはちゃんと守る。だからきっともうやらない」
「じゃあ何で今回は?」
光はしぶしぶって感じで俺の手を持って、ずるずるって押し入れから出てきた。
「心配して」
「心配?」
「天狗もひとつ目も気狐も、俺と光を心配してくれてる」
「………心配って何を?」
押し入れから出て、まだ押し入れの中に居る小さいのを見た。
「イタズラでも揶揄いでもない。心配。俺と光が気持ちをちゃんと言葉にして、はっきりさせてなかったから」
「きっ…気持ち………」
「あやふやなままじゃ、いつか不安になる日が来るかもしれない。不安になって、また矢が刺さるようなことになるかもしれないって」
「………そっか。ありがとう。って言いたいけど、聞かれて僕はめちゃくちゃ恥ずかしい………」
がっくり項垂れる光。
その頭を、つかんでた手を離して撫でた。
そして。
「俺は嬉しかった」
嬉しかった。
本当、たったの一言なのに、今までこんなにも嬉しい気持ちになったことがない。
嬉しいと思うことがなかったとは言わない。
天狗との毎日にも嬉しいことはちゃんとあった。
ただ。もう。
比べものにならない。一生忘れない。それぐらいの。
「言葉にすることは大切」
「………うん」
「プラスもマイナスも、言葉にって」
「マイナス?」
さっき天狗に言われたこと。
それを光とやって、してって、天狗が言うように『末永く』光とって思う、から。
「タラされるって何だ?」
「へっ⁉︎」
「分からないから知りたい」
「そっ…それは、きっ…気にしなくていいよ‼︎」
「気になる」
「気にしなくていいって‼︎」
「気にする」
「何で⁉︎」
「それが光のイヤなことなら、それをやめたいから」
「………え?」
「プラスのことを言葉にして伝える。でもマイナスのことも言葉にして伝える。言われて、されてイヤなことを言葉にして伝えてくれれば、俺がそれを光にしなくていいようになる。なれる。する。俺はそうしたい」
そうして。そして。
ずっとこんな風にいたい。光といたい。
光は俺を見てて、濡れたみたいに見える真っ黒な目をゆらゆら揺らした。
俺の小さいのは、こうやってすぐ泣く。
「………それ」
「………?」
「タラすって、そういうの」
「………??」
「鴉はすぐそうやって僕が聞いて嬉しいと思うことを言って、僕は」
「………」
「………そのせいで僕は‼︎どんどん鴉のこと好きになっちゃって困ってるんだよ‼︎」
最後、やけくそのように光は叫んで、恥ずかしいいいいい‼︎ってその場の突っ伏した。
俺は。聞いて。それを。
光が聞いて、嬉しいと思うことを言えてる。
それで光は俺を。
「………光」
「何‼︎僕今絶賛恥ずかしい中‼︎」
突っ伏したまま叫んでる。俺が拾った俺の小さいの。
「思ってることを言ってる。思うことを言ってる」
「………」
「………光?」
「………分かってる。けど聞かされる僕は聞いてて恥ずかしいんだよ」
「イヤか?」
「………」
「光がイヤなら」
「イヤじゃないよ‼︎………って、イヤだけど‼︎そういうイヤじゃなくて‼︎」
突っ伏してた光が、もぞって身体を起こした。
顔が赤い。真っ赤。
「………恥ずかしいのと、どうしていいか分かんないだけ」
「じゃあ、やめなくていい?」
「………」
「………」
「………」
「………光?」
「やめて欲しいけど‼︎それは僕の身が持たないからやめて欲しいけど‼︎でもっ………」
「でも?」
うわああああって光が叫んで、また突っ伏した。
俺の小さいのはやっぱり騒がしい。
感情が忙しくて、見てて飽きない。
「………ちゃんと嬉しいんだよ」
「………」
「………だから」
そのままの鴉でいい。
突っ伏してるからこもった声。
その声が、そう言ってくれて。
分かったって、頭を撫でた。
光の頭がいつもより熱くて、とけそうだなって、笑った。
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