鴉 181

「ぱんぱかぱーん‼︎鴉‼︎ぴかるん‼︎おめでとう‼︎これでますます両思い‼︎いえ〜い‼︎」






 夕飯何にするかって話しながら台所に入ったらそれだった。天狗の。入り口のところで。






 光が俺のすぐ後ろでうわぁってびっくりして、咄嗟なのか俺の背中にしがみついて隠れてる。






 テンションが高すぎる天狗。



 しかもおめでとうって。






「………?」

「なっ………何っ⁉︎」

「やっぱりさぁ?言葉にして想いを伝え合うっていいよねぇ〜。天ちゃんちょっとカ•ン•ド•ウ❤️」

「聞いてたの⁉︎」

「ん〜?聞いてたっていうか〜?聞こえちゃった?」

「何で⁉︎そんなでっかい声で話してないよ⁉︎」

「あ、それはねぇ、まぁほら、天ちゃんって天狗じゃん?特殊能力っていうの?ほら、あっちには仲間のひとつ目ちゃんも気狐ちゃんも居たしぃ〜。ぴぴぴぴってね、聞こえちゃったんだぁ〜❤️」

「うっ…うそでしょっ⁉︎そんなことできるなんて聞いてないよ⁉︎」

「天ちゃんも知らなかったんだよ〜。だからごめんね、ぴかるん❤️ホ・ン•ト❤️」

「いやあああああっ」






 ずだだだだだっ………






 光は天狗に聞かれたっていう恥ずかしさに耐えきれなかったらしく、叫びながらダッシュして、寝る部屋の方に逃げて行った。






「………」






 さすがにちょっと………とは思う。



 けど、俺は逃げ出すほどでもなくて、ちらって楽しそうににやにやしてる天狗を見て、あんまり光で遊ぶなって、一応。






「うん。ごめんね。でも、言葉にするって大事だからさ」

「………うん」






 返事をしたら、ふふって天狗が。笑った。



 にやにや顔とは全然質の違う顔で。






「ぴっかぴかだねぇ、鴉」






 ぴっかぴか、か。






 天狗の目に、俺が今、どううつってるのか。






 嬉しい気持ちでいっぱいではある。



 光からちゃんと、好きって聞けて。






 好きってそれは、本当にほんの、たったの一言。



 なのにこんなにも嬉しい気持ちになるんだなって何また新たな発見と。



 絶対光から、二度とひなたのにおいを消さないって。消させないって。そういう。






 決意、みたいな。






 俺の中に、そういう気持ちが生まれた。






「どんどんぴっかぴかになってってる。ぴかるんもだけどね。オレはそれがすごく嬉しいよ」

「………うん」






 決して、今回のはからかってるだけではなくて。






「………これを企んでた?気狐と」

「ありゃ?バレてた?」

「もう矢は抜けてる」

「ありゃ?バレてる?」

「なのに何で」






 台所の入り口。



 台所の中と外。



 立ったままなのを、天狗がお茶でも飲も?って。






 廊下の、光の部屋の方を見ると、ひとつ目と気狐とカラスが光の部屋の前に居た。






 ドアが閉まってるのか。



 ドアまで閉めたんなら、なかなかの重傷だな。






 ………どうやって引っ張り出すか。






 俺の小さいのは手がかかって仕方ない。






「光を頼む」






 どうする?って相談してるみたいにも見える3人に言った。












 ずずずずずー






 湯呑みの底と側面をきっちり持って、天狗がお茶をすすった。






「はあ〜、おいしい〜」






 味わってしみじみ。






 ………似合わない。






 昔の天狗ならともかく、金髪で、耳にも首にも手首にもじゃらじゃらと金色のアクセサリーをつけて、どこからどう見ても飲むのは湯呑みに日本茶じゃないだろうっていう今の天狗には。






 俺も一口。






 何年経っても、お茶のいれ方はどうも天狗には敵わない気がする。






「いつから気づいてたの?ぴかるんの矢が本当は抜けてるって」

「………最初から」

「うっわぁ〜、まじか〜。え、ちなみになんで分かった?」

「何か変だった」

「変?」

「天狗と気狐」

「え〜、うっそ〜ん。おっかしいなぁ〜。オレ演技派のはずなのにっ」

「………」

「はいそこそこ黙らなーい。でもまあ、ぴかるんにバレてないならいっか」






 うんうん、いいいい。






 軽く、明るく言って、またずずずずずーって。






「で?何で?どっちの言い出し?」

「そうだねぇ。うーん。………どっちも、かな。どっちもっていうか、ひとつ目ちゃんも含む、かな」

「………何でまた」






 3人で話したのか、それともさっき言ってたみたいな何か。



 意識の共有とか、言葉以外で意思疎通ができたりするのか。






 天狗がさっきのアレを知ってることに光は驚いてたけど、長く天狗と居る俺にもそんなことができるなんて初耳で驚いた。



 まさか隣の部屋に居ながら、隣の部屋の話が聞けるなんて。






「心配なんだよ。みんなね。ぴかるんが。で、幸せになって欲しいんだよ。ぴかるんには。もちろん鴉にもね」

「………」

「今のままでも大丈夫だとは思うよ?けど、ダメ押し、みたいなさ?」

「………ダメ押し?」

「確固たるものにして欲しかった。鴉とぴかるん。ふたりの関係を」

「………何で」

「鴉とぴかるんはもののけじゃないからね。って言っても、鴉は鼻がいいし、ぴかるんは色々察する子だから、言わなくたってある程度は分かるんだろうけど。でも、オレたちよりそれはずっとあやふやでしょ?言葉ってさ、あやふやを確固にするためのものじゃん。そりゃ、お互いが持ってるお互いへの好意は、あやふやでも困らないかもしれない。でも、あやふやなままだと、やっぱりあやふや。今は良くてもいずれね、どこかでね、ぐらぐらなところを歩いてるみたいになっちゃうんじゃない?不安になって、しなくていい心配して、また矢が刺さっちゃうようなことになっちゃうんじゃない?ってね」






 オレたち心配性でおせっかいなもののけだからさ。






 最後、目を伏せてつぶやくように言った天狗にチャラさはゼロだった。






 もしかしたら、長い、長いこれまでの中で、もしかしたら何かあったのかも。



 天狗が、ひとつ目や気狐が、そう思うって、心配するようになった何かが。






「伝えるって勇気もいるしね。勇気を出して伝えたからってさ、受け止めてもらえることばっかじゃないけど、それでも勇気を出して伝えてみて欲しい。拒絶や否定ばっかりじゃない。だから、伝える前に諦める必要もない。無理しない。我慢しない。そういうのを、特にぴかるんには、知って欲しいっていうのもあるよね」

「………うん」

「言葉にすること。そのために言葉があるんだからね。プラスのこともマイナスのことも伝えて、伝え合って、末永く、仲良くして欲しい。そのきっかけになれたらいいよねって、ね」

「マイナスのことも?」

「そうだよ〜。マイナスを伝えるってすっごいすっごい大事だからね。何ならそっちの方がプラスを伝えるより大事かも」

「マイナスのことって?」

「嬉しいことを言葉にしてもらえたら嬉しいじゃん?じゃあ、嬉しくないことを言われたら?」

「………嬉しくない」

「うん。それ」

「………?」

「嬉しくないことを言われたら、それは嬉しくないって勇気を出して伝える。それは嬉しくないからやめてって。こう言ってくれたら嬉しいって」

「………うん」

「じゃあ、その嬉しくないことを言うのをやめてくれて、こう言ってくれたら嬉しいってことを言われたら?」

「………嬉しい」

「でしょ?」

「………うん」

「だから、ちゃんとマイナスのことも言葉にする。毎日かわいいって言われ続けたら慣れちゃって嬉しい気持ちってどんどんなくなってくけど、毎日ブスって言われ続けても、イヤなものはイヤ。ブスって言うのやめてって言って、やめてもらうだけで、だいぶ違うよね。言い方気をつけないと、ケンカになる可能性大だけどね」






 うんって返事をしたら、天狗はうんうんって頷いて、またお茶をすすった。






 言葉にすること。



 プラスのことも、マイナスのことも。



 無理しないで、我慢しないで。






 なら。






 話す天狗を見てて、話を聞いてて思ったことを俺は。






「………天狗」

「ん?」

「………いつか。いつか俺や光がじいさんになって、でも天狗が今と変わらないままでいたとしても」

「………へ?」

「いつか俺や光が、天狗より先にあのひかりの元に行くことになっても」

「………どしたの?急に」

「天狗にはそれまで、その日まで、ちゃんと俺の親でいて欲しい」

「………鴉」

「こういうの、話したことないから」






 天狗は人じゃなくて天狗。



 人とは違って天狗。もののけ。



 その証拠に、天狗は俺が小さい頃から年を取ってない。変わらない。



 天狗の、もののけってやつの寿命が人より長いんだろうなっていうのは、今まで聞いてきた天狗の話から予想できる。想像がつく。






 でも、聞いたことはなかった。言ったことはなかった。避けてきた。俺も、天狗も。光も。






「俺の寿命が先に尽きることは、天狗を悲しませることかもしれない。それでも」






 生まれながら生まれてない俺を拾って、愛情を持って育ててくれた天狗こそが、俺の本当の親だって、思うから。



 黙ってたら、いつか俺と光の前から居なくなりそうだから。






 ずっと伝えられずにいた思ってたことを伝えて、天狗を見たら。






 天狗が。天狗の目から。ぼろって。






 涙。



 ぼろぼろって。






「うわ、涙だっ」






 ははって笑って、手で拭ってる。涙を。



 でもどんどん出てきて。溢れてて。やだなあって。






「ありがと、鴉。そんな日が来たらって思うだけで泣いちゃうけど。………大事な大事な息子の願いだもんね。分かった。約束する。オレはずっと、ずっとずっと、鴉の親で居る」






 ぐすって鼻を鳴らしながら約束してくれた天狗に、俺はありがとうって、頭を下げた。






 こうやって伝えて、伝え合って。






「俺、天狗の息子で良かった」

「………鴉」






 ちょっとその殺し文句のパレードやめない?って。






 天狗はしばらく、泣きながらぶつぶつ文句を言ってた。

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