光 180

 全っ然ね、僕は寝る気なんてなかったんだよ。



 これっぽっちも寝るつもりかなかった。



 でも布団に転がっててさ、鴉がお腹らへんに顔埋めてるから動けなくてさ、鴉のすーすーって規則的な寝息。プラスでお昼ご飯後っていうね。



 もうあれじゃん?寝て下さいって言われてるようなもんじゃん?僕じゃなくたって寝るでしょ?ここまで条件揃ってたら、かなりの人が寝るよね?



 だから何って。寝ちゃったんだよ。うっかり僕も寝ちゃった。で、気づいたらさ。………気づいたら。



 あつって目が覚めたら、だよ。






 何してんの⁉︎って思わずの第一声。



 寝起きのぼんやりも一瞬でぶっ飛んだ。






 ………だって‼︎だって鴉が‼︎






 寝るとき確かに僕のお腹らへんにいた。



 その鴉が。






 何故か僕の後ろにいて、僕にぴとってくっついてて、僕をぎゅってしてて、僕の首っていうか耳の後ろに鼻を埋めてすんすん鼻を鳴らしてたんだよ‼︎






 何してんの⁉︎でしょ⁉︎イケメン台無しの変態行為でしょ⁉︎






 でも本人いたって通常運転の無愛想で無表情のイケメンだからさ、もう‼︎って言いながらちょっと笑っちゃったよね。






「鴉ってにおいフェチなの?」

「フェチ?」






 フェチを聞き返されると思ってなくて、何て説明していいのか分かんなくて困った。



 フェチって正確にどんな意味なんだろう。






「そんなに何かのにおいが好きなの?」

「………?」






 何かちょっと違うなあって思いつつ、それ以上の説明が思いつかなくて聞いたら、鴉がちょっとだけ首を傾げた。



 そして。






「俺が好きなのは光のにおいだけだ」






 ぶほってなるよね。何なのその爆弾。



 特に意味のない会話のはずが、何で‼︎






「鴉‼︎お願いだからもうこれ以上僕をタラさないで‼︎」

「タラさないで?」

「そこ突っ込まなくていいよ‼︎」






 切実な願いは天然には通じない。



 これをまた説明したらまた絶対天然に僕をタラすんだよ‼︎本当のことを言ってる。って、無愛想に無表情に‼︎






 くうううううって無性にじたばたしたくて、僕は布団にダイブして掛け布団を被ってごろごろして、熱い顔を隠してむずむずする気持ちを誤魔化した。






 鴉と居ると、色んな意味で身が持たない。






「光」

「………何」






 さすがにもう爆弾は来ないよね?って思いつつも、警戒の返事が我ながらひどい。



 普通ならアウトでしょ。年上の、お世話になってる人にこんな返事って。



 鴉と僕の関係を考えたってどうかと。






 墓穴。






 鴉と僕の関係って何⁉︎



 僕は鴉とどんな関係だと思ってるっていうの⁉︎






 そこにもちろん、天ちゃんが言う『両思い』って言葉が自動的に出てきて、僕は墓穴で見事に自爆した。






 タラされて爆弾を落とされて自爆して。



 今日はさらに続いた。受難。特大が来た。甘くて恥ずかしいのが。






「もう1回言って」

「………何を?」

「『好きだよ』ってやつ」

「へ⁉︎」






 がばっ






 思わず飛び起きた。



 布団を吹っ飛ばした。






 今。鴉。何て。






 もう1回言って。



 好きだよってやつ。






 今のが夢でも幻聴でなければ鴉はそう言った。






「もう1回聞きたい」

「言ってないよ‼︎」

「言った」

「言ってないってば‼︎」






 全力で否定したところで、否定すればするほど全力で肯定してるようなもの。



 でも僕は全力で否定した。






 穴があったら入りたいどころじゃない‼︎



 地球の裏側まで掘っちゃいたい‼︎






 寝てたんじゃないの⁉︎



 起きてたの⁉︎



 聞いてたの⁉︎聞こえてたの⁉︎






 うううううぎゃあああああってもう逃げ出したい気持ちの僕を、鴉はもう1回光って呼んで、僕に手を伸ばした。






 どきってした僕の、ミサンガに鴉は触れた。






 鴉がくれたミサンガ。



 はずすなって言ってくれたミサンガ。






「俺は、好き」

「………っ」

「恋愛とか、分からない。俺には。そういうのの好きって、分からない。でも、どんな言葉が一番しっくり来るかって。それは『好き』なんだ」

「………」

「俺は、光が、好き」






 鴉がじっと僕を見て、いきなりの、好き。






 ここまではっきりと言われたのは初めてで、どうしていいのか分かんなくて俯いた。






 知ってる。



 鴉は僕を好きだよ。



 それはもう鴉のありとあらゆるところから、無愛想なのに無表情なのに伝わってくる。






 で、きっとさ、僕の鴉への気持ちも、言葉にしてないけど………さっきの思わず出ちゃったのは聞かれたみたいけど………伝わってるんだよ。






 敢えて言葉にしなくても。



 もう分かってる。伝わってる。



 だからそれをわざわざ口にしなくても。






 恥ずかしいじゃん。






 それに、困る。し。






 鴉のことは………だけど、それ以上を求められても、そこは僕は、やっぱり。で。






 黙ってた。



 困ってた。






 そしたら鴉は、手を離した。ミサンガから。






 あって思って、鴉を見たら、1ミリじゃなくて満面で、めちゃくちゃ優しく優しく笑ってた。



 その顔のまま、ごめんって僕の頭をいつもみたいに。






『言葉にすること』。






 こんなときに。こんなときだからかも。天ちゃんの言葉が浮かぶ。






 言葉にすること。伝えること。



 それはすごくすごく大事なこと。






 って、僕はここに来て教えてもらった。






「夕飯何にするか」






 僕の頭の手はそのままに、鴉が話を変えてくれた。



 僕が恥ずかしいとかと困ってるとか分かって。






 嬉しい、よね。



 好きって言葉にしてもらうの。



 僕は今までの諸事情でどうしても困るとかがセットだけど、諸事情がなかったら。普通に。普通なら。






 僕‼︎ちゃんとしっかり選びなよ‼︎






 自分に喝を入れる。






 自分の困る、と、鴉の嬉しい、どっちを取るの⁉︎






 鴉の手が離れる前に、僕は頭の上の鴉の手を両手でつかまえた。






 心臓が口から出そう。






「………だよ」

「ん?」






 緊張で声が出ない。







 もう1回。



 大きく息を吸って。






「好きだよ‼︎」






 俯いたままでしか。



 言えない。まだ。



 恥ずかしいしこわいし困ってる。正直。






 でも。






 言葉で聞きたいって、鴉が思うなら。願うなら。聞いて嬉しいって思ってくれるなら。



 僕はそれぐらい、鴉に返しても。






「光」

「………」

「ありがとう」






 その声は、言って良かったってめちゃくちゃ思う、涙が出そうになるような、声だった。

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