鴉 180

 べしっ






 っていう頭への衝撃で目が覚めた。






 一瞬の空白。






 頭の上が重い。



 そして暑い。






 ………何だっけ。






 寝起きであんまりはっきりしない頭。






 何だっけ。






 ぼーっとしてたら、俺がしがみついてるモノがもぞもぞ動いた。うーんって声とともに。



 べしっ、べしって何回も叩かれる。







 ………光だ。






 べしっ






 何度も来る頭への衝撃。






 そういえば、光を抱き枕にして寝たんだ。



 寝て、起きて。






 俺は寝たときと同じように光の腹あたりにしがみついてて、光は。






 もぞもぞもぞもぞ。べしっべしっ。



 もぞもぞもぞもぞ。べしっべしっ。






 寝ながら俺から逃げようと動いてる。



 俺に退けっとでも言ってるみたいに手が泳いでる。それが俺にあたってる。



 多分暑いんだろう。






 腕を少し光の身体から退かしたら、光はくるんって向こう側を向いた。



 そしてそのまま寝てる。






 ………結局光も寝てるのか。






 どれぐらい寝てたんだろうって、居間の時計を見たところで、寝始めが何時だったか分からなかった。






 もう少しいいか。






 起きようか悩んで、やめた。



 こっちに背中を向けて寝てる光の後ろにくっついてまた抱き枕。抱える。



 また叩かれるかもって思うと笑える。






 もう鼻の奥の残り香は消えてたけど、光のにおいならどれだけでも、いつまででも嗅いでいられる気がする。






 なんて本人に言ったら、また変態って言われるだろうから、これは黙っておこう。






 俺は光が起きるまで、思う存分光のにおいを嗅いでいた。











「鴉ってにおいフェチなの?」






 光はそれからすぐ起きた。



 やっぱり暑かったらしい。寝苦しかったらしい。



 起きて、俺が後ろからくっついてるって分かって、何してんの⁉︎って怒られて、それからの一言がそれだった。



 もうって起き上がって、怒ってる半分、笑ってる半分。






「フェチ?」

「そんなに何かのにおいが好きなの?」

「………?俺が好きなのは光のにおいだけだ」






 別に他のにおいはここまで嗅いだりしない。



 嗅ごうとも思わないし、実際こんなことをやるのは光だけ。天狗にもしない。したことない。






 正直に言ったら、鴉‼︎お願いだからもうこれ以上僕をタラさないで‼︎ってよく分からないことを言われた。






「タラさないで?」

「そこ突っ込まなくていいよ‼︎」






 布団の上。



 起きて座ってる俺と、起き上がってたけどぼふって布団に戻ってごろごろして布団で顔を隠してる光。






 ………俺の小さいのはやっぱり理解が難しい。






 難しいけど、見てて飽きない。だから見ていたい。においを嗅ぎたいし世話をしたい。






 もぞもぞ。






 顔を隠してる光がもぞもぞ動いて、俺が今日買った『ミサンガ』に触れた。






 いいもんだな。



 俺が買ったものを身につける光は。



 俺のだって、書いてあるみたいに見える。






「光」

「………何」






 布団から顔を出さない。



 身体も向こう側を向いてる。



 怒ってるのか、怒ってる風なのか、そっけない返事。






 でも触ってる。『ミサンガ』を。






 そんなのを見たら、聞きたいって思わないか?さっきの。寝るときの。






「もう1回言って」

「………何を?」

「『好きだよ』ってやつ」

「へ⁉︎」






 がばっ






 光が布団から、飛び起きて出てきた。



 被ってただけに髪の毛がぼさぼさになってる。プラスでびっくり顔。






「もう1回聞きたい」

「言ってないよ‼︎」

「言った」

「言ってないってば‼︎」






 じゃああれは、聞こえたあれは、夢だった?






 とは、思わない。



 それは何でって、光の顔が赤いし。焦ってるし否定しまくってる。






 だから、夢じゃない。はず。






 寝落ちる寸前だったから、もっとはっきり聞きたい。






 そう思う俺は、普通、だよな?






 その普通を、光の口から聞き出すには。






「光」






 手を伸ばした。



 同じ布団の上に座る光に。



 光の『ミサンガ』に。






「俺は、好き」

「………っ」

「恋愛とか、分からない。俺には。そういうのの好きって、分からない。でも、光にどんな言葉が一番しっくり来るかって。それは絶対、『好き』なんだ」

「………」

「俺は、光が、好き」






 光は黙ってた。



 俯いて黙ってた。



 ずーっと黙ってた。






 だからもういいかって。






 光の気持ちは分かってる。



 光の色んなのから感じる。



 ちゃんと同じ気持ち。






 手を離した。ミサンガから。






 ちょっと欲が出た。出しすぎた。






 ごめんって光の頭をいつものように撫でて、夕飯何にするかって話を変えたとき。



 がしって、光の頭の上の手が、手首が、光の手に両側からつかまった。






「………だよ」

「ん?」






 つかまって。






「好きだよ‼︎」






 俯いたまま、耳を真っ赤にする光が。



 光に。






「光」

「………」

「ありがとう」






 それ以外の、それ以上の言葉は、見つからなかった。

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