光 179

 寝る部屋までダッシュで逃げて、大したダッシュでもないのに、僕はぜーぜーはーはーしてた。



 心臓ばっくんばっくん、顔や身体が熱くて汗もじわり。






 で、この状態で今から僕、鴉と一緒に寝るの?このごく普通のひとり用の布団で?僕が鴉の頭撫でて?






 疲れてて眠くて子ども化してるからって、鴉は大人。



 顔良しスタイル良しの腹が立つぐらいのカッコいい男の人で、僕に天然で甘い言葉を言う天然のタラシ。



 そんな天然にしっかりタラされた僕。






 が、同じ布団に。






 ああもう、1分経っちゃう。






 とりあえず落ち着け。とりあえず落ち着こう。






 僕は深呼吸を何回かしてから、押し入れにしまった鴉の敷布団を出して、寝るだけ‼︎昼寝するだけ‼︎だから落ち着け‼︎って自分に言い聞かせながら、また居間に戻った。






 寝るだけだよ。



 鴉は何もしない。



 僕は何もできない。






 居間に戻って布団を敷いて、いいよって鴉を見て違和感を感じた。



 鴉に、じゃなくて。






 ソファーの端っこにとまってるかーくんが、めちゃくちゃ下向いてない?



 寝てる?それともそこに何かある?それを見てる?






「かーくん、どうしたの?」






 寝てるのとは違う気がして、何か見てるでもなさそうで、僕はかーくんの小さい頭を撫でた。






 答えるように鳴いたクワって声が、心なしか元気がなさそうな。






 どうしたんだろう。






 かーくんを覗き込みながら頭を撫でてたら、鴉が落ち込んでるって。






「落ち込んでる?」






 え、カラスって落ち込むの?



 いくらかーくんが頭いいからって。



 仮に落ち込んでるなら、何で?






 って疑問は、すぐに解けた。






「俺がさっき、光は俺のだ。お前にも、誰にもやらないって言ったから」

「は⁉︎ぅえええええ⁉︎なっ…………なっ、何言ってんの、鴉‼︎」

「本当のことを言ってる」

「ほっ………本当のこと⁉︎」

「本当のことだ。違うのか?」

「え?えええええっ⁉︎」






 せっかく。



 せっかく布団を敷きながらちょっと落ち着いてきたのに。



 やっとちょっと落ち着いてきたっていうのに‼︎






 かーくん相手に鴉は何を‼︎何てことを‼︎



 いっちゃんときーちゃんも居るんだよ⁉︎






 かあああああって、一気に顔が熱くなった。



 絶対今僕顔赤いって‼︎






 これで、この状態でこの状況で、鴉とひとつの布団なんて無理‼︎無理無理無理無理‼︎絶対無理‼︎






「鴉っ………やっぱり僕一緒にはっ………」






 せめて僕の布団も持って来て、別で寝ようって言いたいのに‼︎言おうとしてるのに‼︎






 鴉はソファーから立ち上がって、僕の腕をつかんで布団の上に座った。



 引っ張られるようになって、僕も。






「今日は光を抱き枕にして寝るって、ずっと決めてた」

「勝手に決めないでっ」

「………鼻の奥がまだくさいから、光のにおいで消したい」

「………う」

「一緒に寝てくれるってさっき言った」

「………うぅ」

「頭も」

「………ううぅ」

「光と寝る。寝たい」

「………ううううううぅ」

「………イヤか?」






 もういやーっ。もうやめてーっ。もうストップしてーっ。誰か鴉を止めてーっ。






 何これ何の罰ゲーム⁉︎僕が一体何したって言うの⁉︎



 何で僕はこんなにも‼︎鴉に熱烈に一緒に昼寝のお誘いを受けてるの⁉︎






 鴉のキレイな真っ黒な目から放たれる『光を抱き枕にして寝たいビーム』がすごい。



 目が眩む。天ちゃんが見せてくれたあの眩しいひかりと同じぐらいなんじゃない⁉︎って本気で思うんだけど。






 思わず目をぎゅって閉じて、眩しさから逃げるみたいに鴉がつかんでない方の手で顔を覆った。






 心臓がもたない。






 けど。一緒に寝ようってのは。さっき。






「………僕が言ったんだもんね」






 取り乱してる場合じゃない。



 鴉は疲れてるんだよ。頑張って来たんだよ。






 ふうって息を吐いた。もう笑うしかない。



 そんな風に、そこまで言われたら、さ。






「こっち」






 ぼふぼふって、鴉が布団を叩いた。



 鴉の左側。






 うんって言って寝転がったけど、本当はじたばたしたい。



 うわーっ、うわーっ、うわーってなってる。






 なってても無駄で、鴉がそんな僕の横に、僕の方を向いて寝転がった。ばさって掛け布団と共に。






 そして、もぞもぞもぞ。



 もぞもぞもぞもぞ。






 最初僕より上の方に居たのに、気に入らないのかもぞもぞもぞもぞ下がって、下がって。






 ぐりぐりぐり。






 鴉は僕のお腹に顔を埋めた。



 ぐるんって、腕を僕の腰に巻き付けて。






 そこでじっと、鴉は動かなくなった。






「これで寝るの⁉︎」

「これで寝る」






 どう見ても、小さい子がお母さんにしがみついてるみたいな体勢。



 お腹だから、僕の心臓ばっくんばっくんは鴉には聞こえてない、よね?






 とにかく落ち着こう。



 これでとにかく寝るだけだ。鴉が。






「光」

「ふぇ⁉︎」

「頭」

「頭?」

「さっきみたいに」






 まさかのリクエスト‼︎



 撫でのおねだり‼︎






 そう、これは‼︎鴉からのおねだりだから‼︎






「鴉、小さい子みたい」






 なんて笑ってないと、しょうがないなあなんて言ってないと、ちょっと、できない。



 真面目な顔して、真面目には。






 鴉って、髪もキレイなんだよね。真っ黒で。






 1回、2回って撫でてたら、鴉の息がすーすーって寝息に変わったのがわかった。



 なかなかの秒殺だった。






 お疲れさま。



 カッコよかったよ。






 起きてる鴉には、そんな何回も言えないけど。



 寝てるんなら。労いを。






 もぞもぞ。






 鴉が動いて、僕のお腹にまたぐりぐり。






 大人なのに。



 カッコいい男の人なのに。






 鴉って呼び名にぴったりな、真っ黒な艶々な髪を撫でる。






 鴉。






 ………好きだよ。






 って。






 うんぎゃあああああっ‼︎



 僕は‼︎僕は‼︎僕は一体全体何を口走ってるの⁉︎



 寝てるよね⁉︎鴉はもう寝ちゃってるよね⁉︎






 じっと動かずすーすー寝息の鴉にほっとしつつ、ひとりぷちパニック。






 パニックなんだけど、さ。



 つい口から出ちゃうぐらいの気持ちって何か、すごいよね。



 そんな気持ちを持てたって。僕が。






 寝てるならバレない。






 僕はいつも僕が鴉にやられてるみたいに、鴉の頭に鼻を突っ込んだ。



 シャンプーの、いいにおいが、した。

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