光 178

 僕リクエストのラーメンは、久しぶりのラーメンで普通に美味しかったけど、今日ふたりが行ったっていうお弁当屋さんのおかずが美味しくて、僕はひとつ食べるたびに美味しいって思わず言ってた。






 思わず、だよ。出ちゃう。美味しいって。



 何か変わったものじゃなくて、ごく普通のおかずなのに。今食べてるのは唐揚げ。なのに。






 優しい味。何だろう。家の味。みたいな。優しい味だなって、思った。






 そうやってお昼ご飯を食べながら、今日の話を聞いた。






 美味しいお弁当屋さんの話を聞いて、僕の手首につけられたミサンガのお店の話を聞いた。



 鴉が来週、今度はそのお店を手伝いに行くってことも。






 聞いてて、お弁当屋さんのあっちゃんって人も、雑貨屋さんかな?僕のミサンガと、天ちゃんにはストラップのお店の杏奈さんって人も、すごく優しいんだなって思った。






 特に杏奈さんって人。






 普通なら、ある、使えるお金で買えるものを売るよね?



 鴉は最初、ストラップを2個選んだって。



 普通なら、普通にそれを売るよね?






 なのに、杏奈さんはそれをしなかった。






 優しい人が、居るんだな。






 初めて会った鴉の親身になって。



 会ったこともない僕のことまで考えてくれて。






 鴉が初めて山をおりて、初めて接した人がそんな人たちで良かった。






 僕はそう思った。






「鴉」

「………ん?」

「ありがとう」

「………うん」

「………ありがと」






 大事にするねって言いたかったけど、言ったら涙が出そうで、言えなかった。



 ぽんぽんって、鴉の手が僕の頭に乗った。











 お昼ご飯の片付けは僕がやった。ひとりでやった。



 今日は僕何もしてないから。



 ふたりは………天ちゃんはともかく、鴉は疲れてるだろうから。






 ふたりをあっち行っててって台所から追い出した。






 そこまでしないと何かしらやってくれちゃうから。天ちゃんも鴉も。






 それが分かってるから先に追い出す。追い出した。






 じゃあオレ部屋行って寝る〜って天ちゃんはおやすみ〜って。



 その後聞こえたふたりの会話に、またちょっと泣きそうになった。



 ご飯中、鴉が天ちゃんにストラップを渡したときも。僕は泣きそうになった。






 ありがとうって。鴉が。天ちゃんに。






『今日はありがとう。今日だけじゃない。いつもありがとう。俺を拾ってくれて、育ててくれて、養ってくれて』






 そして今もまた。ありがとうって。






「鴉はオレの自慢の息子だよ」






 天ちゃんの声が、果てしなく優しくて。






 いいなあ鴉。



 こんな人に………人じゃないけど。こんな人に拾われて。育てられて。






 また勝手に、そんな思いが出てくる。






 けど‼︎



 お皿を洗いながら思う。思うけど‼︎






 僕だって鴉に拾ってもらったもんね‼︎僕だってそれからここで養ってもらってるもんね‼︎



 本当ならあの悲しくて絶望的な気持ちのまま死んでたんだよ⁉︎何で僕がこんな目に遭わなきゃいけないの⁉︎って思いを抱えたまま。






 ………でも僕は今こんなにぴんぴんしてて、こんなに。






 ちらって、ちょっと泡がついちゃったミサンガを見る。






 鴉。ごめんなさい。さっそく汚してます。






 こういうときは外したい。汚したくない。大事にしたい。






 でも外さない。






 ………鴉が外すなって言ったから。






 この山に死にに来て、鴉に拾われて。



 僕はこうして生きてるけど、ある意味死んじゃったよね。






 今までの僕は、死んじゃった。



 死んじゃって、今は、今までと全然違う僕が。






 生きてるんだ。











 お皿を洗い終わって居間を覗いたら、鴉がソファーで寝てた。



 ムッとするぐらい長い手足をソファーからはみ出させて。






 疲れたんだね。



 頑張ったもんね。






 僕はいつも鴉と寝てる部屋から鴉の布団を持ってきて、起こさないように掛けようとした。



 そしたら。






 そしたら‼︎






 にゅっていきなり伸びて来た鴉の手にまんまとつかまって、肉布団再び‼︎



 いきなりで完全に油断しててわわってなってあっさり鴉の上。






「起きてたの⁉︎」






 これは前にもやられて全身がちがちになったからイヤだよ‼︎って、離して〜って暴れてみたけど、暴れることさえろくにできない。



 がっつりホールド。






 しかもまたにおい嗅いでるし‼︎






「離してってばっ」

「………イヤだ」

「僕は寝ないよ‼︎」

「………イヤだ」

「寝るならひとりで寝て‼︎」

「………イヤだ」

「それは僕がやだっ」

「………イヤだ」

「………っ」






 鴉が。



 寝ぼけてるのか、寝起きだからか。






 ………駄々っ子になってる。






 それだけ疲れたんだよね。駄々をこねるぐらい。






 なら余計、ちゃんと寝なきゃ。






「ねぇ鴉、一緒に寝てあげるから、ちゃんと布団で寝よ?僕を乗せてだと疲れ取れないよ?」






 こんな風に中途半端に寝るより、その方が。






 それぐらいしてもいいって。それぐらいしたって。



 今日めちゃくちゃ頑張ったんだから。鴉は。






「敷き布団持って来るから、手離して」

「………イヤだ」

「離してくれなきゃ持って来れないから」

「………イヤだ」






 鴉が本当に小さい子みたいに駄々をこねてる。



 そう言えば前に僕を心配し過ぎて僕の服をつかんで離さなくてついてまわって来たこともあったっけ。






 振り切れると子ども化する?






「………寝ぼけてる?」

「………イヤだ」






 ………鴉。






 噛み合ってない会話に、僕は思わず笑った。



 寝ぼけてるっていうか半分ぐらい寝てるよね。これ。






「もう、何なの鴉」






 面白いっていうか、ちょっとかわいいとか思う。こういう鴉って。



 大の大人の、普段カッコいい人がさ。



 僕の頭に鼻を突っ込んでにおい嗅いで、小さい子みたいにイヤだイヤだって駄々こねて。






「鴉。1分だけだから、離して。ちゃんと寝よ?」






 ここで本気で肉布団で寝られると、僕はもう鴉が起きるまで身動き取れない。



 だから本当に、本気で小さい子に言い聞かせるみたいに鴉の髪に手を伸ばして撫でた。






 いつも僕が撫でられる側だから、ちょっと恥ずかしい。



 それこそ天ちゃんに見られたら‼︎なんだけどね。






 お疲れさまとか、ありがとうとか、色んな気持ちを込めて。撫でる。






 そしたら、僕をしっかりホールドしてた腕が、するんって解けた。1分って、ぼそって言って。






 1分ならいいってことか。



 腕をほどきながらめちゃくちゃイヤそうなのは、本当はイヤだから。



 1分が限度。しぶしぶ。それががんがんに伝わってくる。






「うん、すぐだから」

「あと」

「ん?」






 あと?






 あとって言われて鴉を見た。



 見てちょっと後悔。






 鴉に乗っかってるから仕方ないんだけど。



 仕方ないんだけど‼︎






 近い近い近い。



 顔が近い近い近い近い‼︎






 うわぁって、急に現実に引き戻されて、急激に体温上昇。どっきーんって。心臓が。



 そこに。それに、加えて。






「後でもう一回それやって」

「へ?」

「頭」

「へ⁉︎」

「それで寝たい」

「………っ」






 まさかのリクエスト‼︎



 撫でのおねだり‼︎



 鴉が‼︎大の大人が‼︎



 この、腹が立つぐらいのイケメンが‼︎僕に‼︎






 やだよ恥ずかしい‼︎って思ったのに、焦り過ぎて分かったなんて言っちゃって、それに自分でひゃあああああってなって僕は鴉から飛び起きて、寝る部屋に逃げた。






 1分で戻れなかったら、それは無駄にどっきーんってさせた鴉のせいだからね‼︎

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