鴉 178

「後片付けは僕がやるっ‼︎」






 光がそう言って、だから手伝おうと思ったのに、鴉も天ちゃんもあっち行ってて‼︎って台所を追い出された。






「じゃあオレ部屋行って寝る〜。今日仕事だし〜。ぴかるんありがとね〜。おやすみ〜」

「おやすみ、天ちゃんっ」






 追い出された廊下。



 ふわ〜ってデカい口を開けて天狗があくびをして、自分の部屋に戻って行った。



 その背中に、今日はありがとうって、もう一回。






 天狗には、ありがとうって何回言っても、全然足りない。






「鴉はオレの自慢の息子だよ」






 肩越しにこっちを向いて、『ストラップ』を見せながら天狗が。






 自慢の息子。



 俺が。天狗の。






 その言葉を聞くのは初めてじゃないのに今日は何故かいつもより………嬉しかった。






 おやすみって言われて、おやすみって返した。






 天狗は部屋に行った。



 俺は、どうしようか。






 寝ることは決めてる。寝る。寝たい。



『光を抱き枕にして』。これは絶対条件。






 夜はとてもじゃないけど抱き枕にはできない。光の寝相が悪すぎる。



 でも昼間ならマシ。だから抱き枕。



 鼻の奥の不快な残り香を上書きするためにも。






 台所を覗く。






 頭に鴉、足元にひとつ目と気狐。



 相変わらず小さいのにくっつかれながら、小さいのがカチャカチャと皿を洗ってる。






 今日は任せるか。



 俺が行ったら小さいの同士の邪魔になる。



 俺は居間のソファーに転がった。






 光の皿洗いが終わったら部屋の布団で寝よう。






 そう思いながら、皿洗いの音が止まるのを、目を閉じて聞いてた。












 ふわり。






 鼻先を掠めた光のにおいに。






「わわっ」






 つかまえる。それを。においを。






「起きてたの⁉︎」






 つかまえて、ひょいって自分の身体の上に乗せる。



 これじゃあ抱き枕じゃなくて光掛け布団だな。






 離して〜って俺の上でじたばたする光の頭に鼻を埋める。






 拾ったときからしてる悲しいにおいと、最近するようになったひなたのにおい。






 やっぱりいいにおい。



 俺の好きなにおい。






 ソファーに転がって光を待ってる間に、どうやら俺は寝てたらしい。



 皿洗いを終えて寝てる俺に気づいた光が、部屋から布団を持ってきてくれて掛けようとしてくれたらしい。



 ………その前に俺が光をつかまえて光布団にしたけど。






「離してってばっ」

「………イヤだ」

「僕は寝ないよ‼︎」

「………イヤだ」

「寝るならひとりで寝て‼︎」

「………イヤだ」

「それは僕がやだっ」

「………イヤだ」

「………っ」






 じたばたしてた光がそこでおとなしくなって、よしこれで寝ようって、これで寝れるって、これで鼻の奥の不快なにおいが上書きできるって、息を大きく吸って光のにおいでいっぱいにした。






「ねぇ鴉、一緒に寝てあげるから、ちゃんと布団で寝よ?僕を乗せてだと疲れ取れないよ?」






 一緒に寝てあげるから。






 ワントーン落ちた声、で。



 今、そう言った?






 寝てたし、眠いしで、少し頭がぼんやりしてる。



 聞き間違い?






「敷き布団持って来るから、手離して」

「………イヤだ」

「離してくれなきゃ持って来れないから」

「………イヤだ」

「………寝ぼけてる?」

「………イヤだ」






 あれ。



 最後何か違ったかも。






 目を閉じてて、光のにおいを嗅いでるから、どんどん意識が沈んでいってる。



 身体が眠りを欲してる。



 だからあんまりまともな会話は期待しないで欲しい。無理だ。






 くすくすくすくす。






 俺の上で笑い声と振動。



 もう何なの鴉って。






 光のにおいは、心地いい。



 光の笑い声も、心地いい。






「鴉。1分だけだから、離して。ちゃんと寝よ?」

「………」






 だからイヤだって。



 離さない。離したくないって、光をつかまえてる腕に力を入れた。






 けど。






 ね?って優しい声と。



 ふわって。






 髪を。






 撫でられて。






 思わず俺は、ばちって目を開けた。






 目の前っていうか、ソファーに寝転がる俺の上に光。



 光の頭がすぐ。



 動かした視線の限界のところに、光の腕が俺の頭の方に伸びてるのが見えた。






 俺。光に、頭を撫でられてる。






 小さいのに言い聞かせてるみたいだな。






 俺は光をつかまえてた腕を解いた。



 そして。






「1分」

「うん、すぐだから」

「あと」

「ん?」






 腕を解かれて自由になった光が、俺の上で顔を上げた。あと?って不思議そうに。






 光をこの至近距離で見ることが許されるのは、俺だけ。






 その変な優越感に、顔が勝手に笑った。






「後でもう一回それやって」

「へ?」

「頭」

「へ⁉︎」

「それで寝たい」

「………っ」






 俺がそう言うと、光はびっくりしたみたいな顔をして、わわわわわかったって言って、俺の上から飛び起きて、ひゃあああああって言いながら走ってった。






 ………俺が拾った小さいのは。






 布団を持って来てくれたらすぐ移動できるよう、眠りを欲して重い身体を無理矢理起こした。



 そしたらソファーの肘掛けにカラスがとまってて。






 ………目が、合った。






 カラス。



 光にいつも求愛ダンスをするやつ。



 カラスなのに光のことが好きで、最近はそうでもなくなったけど、俺が光の側に行くと怒るやつ。






「光を見つけたのはお前だけど、光は俺のだ。お前にはやらない。誰にもやらない」






 カラスは下を向いて、小さくクワって鳴いた。

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