光 177
手首についてるミサンガを触りながら、鴉の後ろからうちに入った。
廊下のところで天ちゃんがにやにやしてこっちを見てて、僕は慌ててミサンガから手を離した。
「着替えてくる」
鴉はいつも通り。
いつも通り無愛想に無表情に、ぼそぼそっと何かくさい気がするって言って自分の部屋に行った。
鴉が何をしに行ったかを理解したかのように、かーくんがばさばさって飛んで、僕の肩に乗った。移動。頬擦りつきで。
よしよしって、かーくんの小さい頭を撫でながら、さっきめちゃくちゃ密着したけど、僕は別にくさいとは思わなかったなあって。
何がくさいんだろう。
鴉の鼻ってちょっと特殊だよね。
犬とも違うんだろうな。
そんな人が、人の多いところで暮らすのは大変かもしれない。
………って。
って‼︎
思いっきり鴉がここじゃない、山の下で暮らすことを前提にしてる自分の思考にわわってなった。
そんなことを言ってるけど‼︎確かに言ってるけど‼︎
実際のところは、どうやって?
だから僕は、ぶんぶんって頭を振って思考を追い出した。
どうやってって具体的な方法が分かんないのに前提にしちゃダメだよって。
そしたらぶふって変な笑い声。
「何で見てるの⁉︎」
ぶんぶんしてるとこを思いっきり天ちゃんに見られてて、しかもにやにや天ちゃんで、僕の顔が一気に熱くなった。
「だってぇ〜、ぴかるんかわいいんだも〜ん」
「かわいいは褒め言葉じゃないっ」
「そんなことないよ〜?天ちゃんかわいいって言われたらうれしいも〜ん」
「………」
も〜んってもしかしてかわいいアピール?
でもそれは。かわいいって言われて嬉しいのは。
それは天ちゃんが、男の僕から見てもカッコよくて、その中にかわいいがあるからじゃない?
カッコいいがあるから許せるんだよ。
あ、卑屈な僕が出てきてる。
分かったけど続けた。卑屈思考を。
これは勝手に出てきてるだけだから、勝手に消える。そう思って。
僕は、『あんなこと』があったから余計かもしれないけど、美人って評判だった母さんに似たこの女顔を、まだ受け入れることができないよ。
ちゃんと最後まで、卑屈な僕に言わせてあげる。
「ぴかるんはまだまだこれから成長して、どんどん変わっていくから大丈夫。鴉ぐらいの年になったら、それはそれはものすごいカッコいい青年になってるよ」
「………」
「あとね、天ちゃんが今言った『かわいい』は、顔とかじゃなくて………」
「顔とかじゃなくて?」
そこまで言って天ちゃんはまた。
ぶふっ。ぶふふ。ぐふふふふって、チャラカッコいい顔が台無しの、超残念顔で笑った。
これ絶対何か僕が恥ずかしいこと思ってるやつ‼︎
何も言わせるかって、僕は天ちゃんのお腹をぼふぼふって猫パンチした。
ひゃはははっ、ぴかるんが怒った〜って、笑いながら、天ちゃんは台所に逃げて、僕はその後ろを、背中に猫パンチを入れながらついてった。
卑屈な僕は、すぐにどこかに行っちゃった。
本当、勝手に出てきて勝手に消える。
どこから来てどこに消えるんだろう。
なんて、考えたところで、か。
天ちゃんに猫パンチをしながら移動してきた台所の、テーブルの上はもうお昼ご飯の準備がほぼできてた。
もうラーメンいいかなあって天ちゃんがお鍋の乗ったコンロに火をつけた。
「ねぇ、天ちゃん」
「ん〜?」
「鴉が………」
「鴉?」
「………うん鴉」
「鴉がどしたの?」
聞いて恥ずかしいを言わせないために猫パンチをくらわせたのに、自分から鴉の話を振るなんて。
でも、言えるのも聞けるのも結局天ちゃんしか居ないし、すごい気になったから。
恥ずかし過ぎて聞き方がもじもじしちゃうのは、この際仕方ないと諦めて。
「鴉がさ………元々カッコいいんだけど」
「ぶふっ」
「ちょっと笑わないでよ‼︎僕だって言ってて恥ずかしいんだから‼︎」
「ごっ…ごめんごめん」
ごめんって言いつつ顔‼︎
肩も震えてるから‼︎
「だから鴉がね‼︎朝より今の方がもっとカッコ良くなった気がするんだよ‼︎」
「あー。ちょっとぼんやりしてたのが、シュッとした感じ?」
笑ってる。
やっぱり笑ってる。
けどそこはさすがの天ちゃんで、僕の曖昧な感覚をちゃんと分かってくれて、僕はそう‼︎って思いっきり頷いた。
「でも何でだろう。ほんの半日でさ」
天ちゃんは、買ってきたラーメンの袋をぺりぺり開けながら、そうだねぇって。
「鴉ってさ、頑なに山を出なかったじゃん?」
「うん」
「それは何でかって、自分は捨てられたからとか、自分は生まれてないからっていうのがあって、だから自分は何もできないし、何もしちゃいけないっていうのがどこかにあったからなんだよね」
「………うん」
「そんなことないよってオレはそれを伝えたかったけど、どんなに言っても、愛情を注いでもやっぱりさ………心の奥底のそういうのまでは、オレにはどうしてあげることもできなかった」
「うん」
「でも、いざさ?思い切って外に出てみたら、そんなの何も関係なかった。それが今日、鴉にちゃんと分かったんだと思う」
「関係ない?」
「うん。関係ない。鴉がどこの誰か分かんなくても、名前さえ分かんなくても、それでも仕事を与えてくれる人がいる。それにきちんと対価を払ってくれる人が居る。またやってほしいって言ってくれる人がいる。優しくしてくれる人がいる」
「………」
「ぴかるんだってそうじゃん?天ちゃんも鴉もぴかるんの素性なんてこれっぽっちも知らない。でも今がある」
「………うん」
「鴉はそれを、身をもって感じた。自分にもできるって思った。分かった。オレがどんなに言葉でそう言って、鴉がどんなに言葉として理解してても、やっぱり実際やってみないことには分かんないんだよ。やる以上の理解ってない。実際やってみて、感じて、分かって、地に足がついた感じかな?それがきっと、顔にあらわれたんだと思うよ?」
これって多分、ラーメンを茹でながら話すような軽い話じゃない。
僕は真剣に聞いてて、天ちゃんも真剣。
真剣だった。ラーメンを茹でながら。
そして、すごく納得だった。
今日が鴉にとって最初の一歩。
その最初が。
めちゃくちゃ。めちゃくちゃ。
大きな、一歩。
僕は左手首についたミサンガをまた触った。
「いいプレゼントもらったね」
そう言った天ちゃんの声に、からかいは全然、含まれてなかった。
そういう不意打ちは、ダメだよ。天ちゃん。
うんって僕は、頷いた。
それ以外したら、何でか、泣いちゃいそうだった。
僕も出さなきゃ。
最初の一歩。
鴉に負けたら、置いていかれるみたいでイヤだ。
手首をミサンガと一緒に、ぎゅって握った。
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