鴉 177

 にやにやぐふぐふ気持ち悪く笑う天狗に出迎えられて家に入って、俺はすぐ着替えた。






 服がくさい気がして。



 においが染みついてる気がして。






 着替えて手洗いうがいをして台所に行くと、ちょうど昼ご飯の準備ができたところだった。






 テーブルには『まぼちゃんあっちゃん』で『あっちゃん』にもらったおかずがずらずら。



 天狗がラーメンを丼によそってて、光がそのラーメンを運んでて、カラスは光の椅子の背もたれに、その床にはひとつ目と気狐。






「鴉は座ってて〜」






 天狗に言われて、ありがたく座らせてもらった。






 緊張と、慣れない、初めてのことだらけの半日に身体が疲労を訴えてる。



 絶対昼寝をしようと思うほどに。光を抱き枕にして。











 ラーメンは普通に美味しかった。



 そして。



『まぼちゃんあっちゃん』のおかずもまた、美味しかった。



 もらったのは唐揚げやコロッケなんかの揚げ物と付け合わせのパスタ、サラダ。



 どれも美味しかった。



 光も美味しい‼︎を連発した。






「あっちゃんってお店の人がね、また手伝いに来てって。ね?鴉」

「………うん」

「鴉は料理系に行くとめちゃくちゃ強そうだよねぇ」

「料理上手だからね〜。天ちゃんに似て」

「うん、ふたりとも上手」






 食べながら今日の話を色々した。



 話すのはいつものように俺じゃなく天狗だけど。



 俺は相槌ぐらいで。



 光がそれを楽しそうに聞いてた。あっちゃんって写真に写ってた目の細い人?って。






「そうそうっ。起きてるのに目が開いてない人‼︎」

「………天ちゃんそれってひどくない?」

「大丈夫。あっちゃんが自分で言ってるから」

「………自分で」

「そ。自分で。でもあっちゃんの奥さん超絶美人さんなんだよ〜?」

「あ〜、優しそうだもんねぇ」






 ほんの少し。



 24時間ある1日の、ほんの数時間外に行っただけで、話の中身がここまで変わる。



 俺の世界が、ここまで。






「光」

「ん?」

「来週俺、また行ってくるから」

「へ?」

「来週また、『ゆう』に」

「ゆうって、このミサンガのお店?」

「そう」






 思いっきり何で?って顔を光はしてて、俺は行く理由を光に話した。






 俺が『まぼちゃんあっちゃん』でもらった2時間分のバイト代のこと。



 そのうちの約半分をとっておきたいこと。



 残った半分でどうしても光と天狗に何か買いたかったこと。






 光はうん、うんって、すごい真剣に聞いてくれた。






「天狗にはこれを買った」






 テーブルに置いておいた紙袋から、小さいビニール袋に入った『ストラップ』を出した。



 緑っぽい、『シーグラス』っていう丸っこいガラスがひとつついたやつ。






「………うん」

「天狗、今日はありがとう。今日だけじゃない。いつもありがとう。俺を拾ってくれて、育ててくれて、養ってくれて」

「鴉ううううう」






 立って頭を下げた。



 そして渡した。






「泣いちゃうからやめてよ〜」






 本気なのか冗談なのか。



 天狗はぐすって鼻を鳴らして、俺が差し出した『ストラップ』を、ありがとう、死ぬまで大事にするねって受け取ってくれた。






「これ、『分割払い』なんだ」

「へ?」






 ………さっきも、だけど。



 予想外のことなんだろう。俺の言うことが。



 光の『へ?』って声と顔がどうにも。






 崩れそうになる顔を誤魔化すため、俺は座ってからお茶を飲んだ。






『世の中にはね、分割払いってシステムがあるんだよ』






 ぴかるんにあげるの、どれがいいか好きなの選びなって『杏奈さん』の言葉に、俺は光の手首につけた『ミサンガ』を選んだ。



 そしたら『杏奈さん』が。






『ここでさ、これを杏奈さんが今日の記念にあげるとか、鴉が買えるようにおまけするとかって言うのは簡単だけど、鴉は自分で稼いだからこそ、そのお金で大事なふたりにプレゼントを買いたいんだろ?』

『………うん』

『じゃあ杏奈さんは、これを普段通りの金額で売る』

『………うん』

『ただ、さっき聞いた金額じゃ残念ながら足りないし、杏奈さんは鴉が残したいってお金をむしり取るのはイヤだ』

『………うん』






『杏奈さん』はそう言って。



 にやって笑って。






『来週、今度はうちで働きな』






 って。






「これを買ったところで?」

「そう。来週からちょっとした飲み物や食べ物を店で出す予定だけど、初めてのことだから、ちょっと手伝って欲しいって」






『バイト代はもちろん出す。だから足りない分を、そこから払ってくれればいいから。世の中にはね、分割払いってシステムがあるんだよ』






 嬉しかった。



 初めて会った俺に、ここまで親切にしてくれたことが。



『杏奈さん』の優しさが。






「鴉」

「………ん?」






 光が俺を呼んで、少し黙った。



 ちょっと俯いてから、俺を見た。






 真っ黒な目が、濡れてるように見えるのはいつも。



 その、濡れ方が、いつもより。






「ありがとう」

「………うん」

「………ありがと」






 震えた声に、その頭を撫でた。

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