光 148

 お好み焼きは美味しかったけど、落ち着いては食べられなかった。



 隣は鴉だし。いつもだけど。斜め前は天ちゃんだし。いつもだけど。






 いつも通りだけどいつも通りじゃなくて、本当に全然落ち着かなかった。






 天ちゃんが全部で4枚焼いてくれたお好み焼きの4枚目は、3等分されてお皿に乗せられた。



 今日は全然動いてないのに、落ち着かないのに、それは普通に食べられた。






 僕はここに来てから前よりずっとよく食べるようになったと思う。



 そして絶対太ったと思う。






 太ったっていうか。






 矢が2本抜けたのもあるのかな。



 健康的に見えるようになった気がする。






 3等分目を食べてたら、一足先に食べ終わった鴉がコーヒーをいれに立った。






 黒い服の背中を目で追った。目が追った。勝手に。






 今も鴉は、ぴっかぴかに光ってるのかな。



 それはどんな風にぴっかぴかなんだろう。






 見える天ちゃんが、ちょっとだけ羨ましかった。










「じゃ、あとは若いふたりに任せるね〜っ。よろぴくぴく〜っ」

「ちょっ………天ちゃん、言い方‼︎」






 3人でごちそうさまでしたって手を合わせた直後。



 聞いた瞬間僕はぶほってなった。



 何なのその言い方‼︎って。






 言ってるのは片づけのこと。それは分かってるしそれはいい。



 ご飯作りは天ちゃんが全部やってくれたから、片づけぐらい。



 けど言い方‼︎何か言い方‼︎






 僕の文句なんて、天ちゃんにはきっと届いてないんだろう。



 よく分かんない鼻歌を歌いながら、腰に手をあててご機嫌にスキップで台所を出て行った。






 茶髪チャラ男のスキップって。






「………」

「………」






 っていうかさ‼︎天ちゃんさ‼︎



 変な風に僕たちに言い残して、どうしろって言うの?






 僕が自分の気持ちを改めて意識したのはほんのついさっき。



 鴉が女の子と手を繋いでデートをしてるところを想像したら、自分でもびっくりするぐらいイヤだったっていう。






 それってつまり。






 本当は否定したい。



 全力でそうしたい。






 だって僕はこんな風にされちゃって、そういう意味で二度と誰にも触れられたくなくて、しかも男が相手だったんだから男の鴉は余計。



 絶対僕たち何もできないって自信しかない。






 頭では、そうなんだよ。



 無理無理無理無理。絶対無理。100%無理。不可能。






 頭、では。






 じゃあ気持ちではどうって。心ではどうって。






 鴉のそのでっかい手が握る手は、女の子じゃない方がいい。



 鴉のそのでっかい手が握る手は。






「よし、洗うぞ」

「へ⁉︎」






 なんて、天ちゃんが行っちゃった台所の入り口をぼーって見ながら考えてたから、鴉の声にめちゃくちゃびっくりした。



 どっきーん‼︎ってめちゃくちゃなった。






「ん?」

「え?あ?う、ううん。何でもないっ。じゃああのっ、僕洗うから、鴉は拭いて下さいっ」

「………」






 聞こえるんじゃない?ってぐらいのどっきんどっきんを、自分にも鴉にも誤魔化すみたいに慌てて言って、洗うって袖をおりゃってめくった。






 ついてくる鴉の視線。



 真っ黒なキレイな目。






 の、口元に。






 見逃さない。見逃さなかった。






 ほんの1ミリ浮かんだ笑み。



 さっき僕が想像したまんまの。






「今笑ったでしょ⁉︎」






 肩越しに見た。一瞬を見逃さなかった。



 鴉はそんな僕に、ん?って感じで。






「また笑ってる‼︎」






 僕何か笑われることした?



 挙動不審だった?



 色々誤魔化してるのバレた?






 で、さらに何でか笑われる。1ミリが2ミリに、そして3ミリ。






 一応隠したみたい。肘のあたりで口元を覆って。






「隠しても分かるよ?」






 笑われたってさ。



 何にか分かんないけど、笑われたってさ。






 どきどきが余計どきどきになって、余計に困るだけなんだけど‼︎






 さっき僕の想像で女の子の小さい手を握ってた鴉のでっかい手が、ほら洗えって僕の頭に乗った。






 あ。






 で。






 うん。






 うん。ここ。



 鴉の手は、ここ。






 僕のところがいい。






 って僕‼︎何考えてんの⁉︎






 あまりにも普通に思った自分に、僕は危うくお皿をつるっと落としそうになった。

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