光 147

 とりあえず、天ちゃん曰くの面談っていうのは終わった。






 終わって、模範解答の①。



 時間を戻して色んなことをやり直すっていう選択肢が消された。






 やり直さないってことは、母さんは死んじゃったってこと。



 やり直さないってことは、父さんは家に帰って来なくなったってこと。



 やり直さないってことは、僕は高校で襲われて犯されたってこと。



 やり直さないってことは、僕はこの山に死にに来たってこと。






 なのに。






 それなのに。っていうか。だから。それだから。






 僕は今、すごく………満たされてる。






 思い出すとツライ。何でって思う。



 色んなことがなければって。あとは、ごめんなさい。とか。






 いくら天ちゃんに言われたからって、決めるのは僕。



 だから。






 僕なんだよ。時間を戻さないって決めたのは。最終的に。






 母さん。ごめんね。ごめんなさい。






 一生それは。



 僕は思っていくのかもしれない。






「いやぁ、しかし、天ちゃんは嬉しいよ〜」






 お昼にしよっかって天ちゃんも一言で、面談は終わった。



 お好み焼き焼こうって。






 そして今、テーブルの上のホットプレートで天ちゃんがお好み焼きを焼いてて、嬉しいよ〜って。






 並びはいつも通りに戻った。



 僕の横に鴉。鴉の前に天ちゃん。



 僕の椅子の背もたれにはかーくんがとまってる。気持ち鴉から離れてる気がする。



 多分もう鴉は怒ってないと思うけど。






 微妙に僕も、ちょっと鴉が直視できなくて、ちゃんとは確認できない。



 だって見れないよ。うん。見れない。見れないんだってばっ。






 きーちゃんは床の上で丸くなってて、いっちゃんはまーちゃんとお出かけ。お花って言って出てったから、どこかのお花のとこ。






「何が?」






 お好み焼きなんていつぶりだろう。



 美味しそう。いいにおいって見てたのもあってつい聞いちゃったけど、天ちゃんのぐふふふって笑いに、聞くんじゃなかったって後悔。墓穴。






「かわいいかわいい鴉とかわいいかわいいぴかるんがめでたく両想い♡もう、天ちゃんそれだけで白飯5杯は食べれる気がする〜。あ、夜は赤飯炊く?それともケーキ作ろうか?」

「ちょっと天ちゃん‼︎」

「………」






 どうしたって意識しちゃって鴉を見ることもできないのに、ますます意識しちゃうようなこと言うのはやめて‼︎



 っていう僕の願いは、むなしいだけ。






「ん〜?なあに〜?ぴかるん。もしかして両方がいい〜?」






 にやにやにや。



 にやにやにやにや。






 もうその顔がイヤ。






 色々言えば言うほど墓穴になりそう。






「………普通のご飯でいいです」

「………」

「ええ〜?遠慮しなくていいよ〜?めでたいことなんだから〜。ね?鴉」






 僕が撤退を決め込んだのが伝わったみたいで、次の攻撃が無言を貫く鴉になった。






「………」






 鴉は無言。



 どこまでも無言。






 さすがというべきか。鴉だなとでも言うべきか。






 天ちゃんはそれも想定済みらしく、無言の鴉に何も言わず、あらよってお好み焼きをひっくり返してる。






 その無言鴉が、何故かこっちをちらって。



 反射的に僕も鴉を見ちゃって、ばちって目が合ってわわわってなって思わずそらした。






 見たら負ける気がする。






 って、どういうこと?だけど。



 そう思うんだから仕方ないじゃん‼︎



 鴉を見たら負ける気がするんだよ‼︎






 変にどきどきして変に汗が出る手。






 僕は手の汗をズボンでごしごしって拭いた。



 拭いたところですぐじわるんだけど、拭いた。






 母さんにはごめんなさい。



 でも。






 この僕がまだ続くことが、僕はやっぱり。






「よし焼けた」






 器用に何度かお好み焼きをひっくり返してた天ちゃんが満足そうに言って、僕に1枚、鴉に1枚って、お皿乗せてくれた。






「さあ、お食べ」






 2枚しか焼けないからって、先に鴉と僕ってとこが、天ちゃんの親っぽいところだよねって思う。






 僕が先でいいのかな?は、もう考えないようにした。






 天ちゃんはきっと、僕の遠慮より。






「ありがとう」






 こっちの方を、喜んでくれる。






「いただきます」






 それからしっかり手を合わせて、目を閉じた。



 じゅーって音が、台所にまた、響いた。






 食べるとは、命を頂くこと。






 お好み焼きがそもそも全部命で、プラスでこのお好み焼きが僕の目の前に来るまでに関わった人たちの命でもある。






 それを食べるということ。



 それを頂くということ。






 食べるたびに僕は。人は。誰かや何かの命を背負ってる。だから。






 母さん。






 だから、背負った命の分まで、命は大切にしないといけないんじゃないの?






 なんて考えてたら、ふふって天ちゃんの笑い声。



 さっきのぐふふふとは違うから、何かすごく気になった。






「天ちゃん?」

「これねぇ、ぴかるんに見せられたらいいのに」






 目を開けたら、焼いてるお好み焼きに視線を落としながら、天ちゃんは優しい笑みを浮かべてた。






「これって?」

「鴉が今ね、すんごいぴっかぴかに輝いてる」

「え?」

「………?」






 鴉が?



 ぴっかぴか?






 え?ってなって隣を見たけど、鴉は別に光ってなかった。普通。いつも通り。






「鴉が今、すっごいすっごい幸せって思ってるってことだよ」






 え。






 鴉が今。



 すっごいすっごい。






 幸せ。






「ありがとね、ぴかるん」






 天ちゃんの、びっくりするぐらい優しい声に、僕はまた、泣きそうになった。


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