光 146

 かーくんが鴉に体当たりして、うわ、かーくんそれはダメだよっていうのは思った時点でもちろん手遅れ。



 テーブルの上におりたかーくんが鴉の大きい手にがしってつかまった。



 そのままかーくんは鴉の顔の高さまで持ち上げられて、カラスってすっごい低い声で呼ばれてすっごい睨まれてる。






 危険を感じてじたばた暴れてるかーくん。



 そのままがぶって食べちゃいそうなぐらい至近距離で睨んでる鴉。






 こ、これは。どうしたら。






 悪いのはかーくんだけど。



 鴉がキレてるっぽくて、本気って書いてマジって読む感じの字で本気でこわい。かーくんがやられる。って思う僕ってどうなの。






「だって、ぴかるんイヤでしょ?鴉が女の子と手繋いでデートするの見るの」






 どうしよどうしよって、僕はひとりで内心あわあわしてるのに、そこにさらにあわあわするような天ちゃんの言葉。






「………鴉、が?」






 鴉が、女の子と手を繋いでデート。






 僕って結構想像力が豊かなのかもしれない。



 さらっと言っただけの天ちゃんの言葉に、僕の目はそれをうつした。って、実際には脳内の想像映像だけど。うつった。見えた。






 手足が長くてスタイルのいい、黒い服、黒いズボン姿の鴉が、ふわふわした感じの女の子と手を繋いで歩いてる。



 顔に1ミリの笑顔を浮かべて。






 え。






 ………すんごい、イヤなんだけど。






「そう。鴉もね。ぴかるんが女の子と手繋いだりハグしてるの見て平気?」

「………」






 イヤ。



 すごくイヤ。



 何かやだ。ちょっと………ううん、だいぶ僕はそんなの見たくない。






 ムカってする。モヤってする。何だよ、鴉、そんな子にでれでれしちゃって。






 脳内想像映像にムカってモヤってしてたら、無事逃げられたらしいかーくんがばさばさって飛んできて、僕の肩にとまった。



 こわかったのか、僕にすりすりすりすりしてる。






 よしよしって、できたのは形だけ。気持ちは全然違う方。僕の想像映像の方。






 本当にイヤなんだけど。イヤなんだけど。イヤなんだけど。






 ………どうしよう。






 どうしようって、だって、ものすごく普通にこんなにもイヤって思うってことは。






 思うって、ことは。






 僕の、見ないようにしてた僕の中の気持ち。



 鴉にどきってしたり、変に意識しちゃったり、恋愛なら僕には無理って牽制したり、想像からのこのモヤとイラ。






 そういうのから。



 見えちゃいそうな。






 見えちゃいそうっていうより、もうほぼほぼ見えてるっぽい、気持ち。






「ね?平気じゃないでしょ?イヤでしょ?ふたりとも。もやもやするよね?」






 ふたりとも。






 って、ことは。






 思わず鴉を見ちゃって、思いっきり目が合った。



 そのせいでめちゃくちゃどっきーんってなって、反射的に僕は思いっきり鴉と合ってた目をそらした。






 心臓が、めちゃくちゃどっきんどっきんしてる。うるさい。そしてちょっと顔も熱い。






 どうしようの世界。



 これ、やばくない?






「ちなみにオレはどっちも平気っ。むしろわくわくする〜」






 平気?わくわく?





 僕も落ち着いて考えたらそうなるかもって、そっと深呼吸をしてからもう一回、試しに脳内想像映像を流してみた。






 タイトルは鴉と女の子の手繋ぎデート。………そのままじゃん。を。






 ………。






 結果は、ダメ。



 平気じゃない。わくわくなんかしない。全然しない。これっぽっちも。やっぱりイヤ。どうしてもイヤ。ムカってしてモヤってして何だよって。






 ………え、どうしよう。






 って、なっちゃうんだけど。






 つまり僕は。






 つまり。






 ううん、違うよ。



 そんなはずない。



 だって僕は絶対に。絶対に。






 って、人が一生懸命否定しようとしてるのに‼︎天ちゃんは‼︎天ちゃんが‼︎






「つまりそれって少なからず恋愛の意味を持ってお互いを見てるってことじゃない?」






 認めないでよ‼︎恋愛って‼︎そこは否定してよ‼︎反対してよ‼︎男同士なんだよ⁉︎あと年齢‼︎僕の年で鴉の年だと犯罪になるんじゃないの⁉︎だから反対してよ‼︎天ちゃんは鴉の親なんでしょ⁉︎何で反対しないの⁉︎






 が、何でか言えないでいる。全然。もう天ちゃんの続きに続く言葉を聞く一方。






「でもさ、ぴかるんはぴかるんで事情があって、鴉は鴉でぴかるんに対してそれだけじゃなく、色んな感情があるんだよね。鴉にとってぴかるんとの出会いって、未知との遭遇だから。だから別にさ、これは恋愛だ‼︎恋愛だから◯◯をすべし‼︎みたいなのは完全無視して、お互いが心地いい関係で距離でいたらいいんじゃないの?鴉は絶対、ぴかるんのイヤがることなんてしないよ?親であるオレが保証する。もし鴉がぴかるんを泣かせるようなことしたら、オレが責任を持って鴉を成層圏か地球の裏側までぶっ飛ばして、オレは腹を切ってぴかるんにお詫びするよ?」

「………」

「………」






 えっと、天ちゃん。成層圏か地球の裏側って。



 腹を切ってって。






 それすごすぎ。






 すごすぎ、だけど。






 天ちゃんからの絶大な信頼をされてる鴉。



 鴉なら、本当に大丈夫なんだろうなってちょっと思ってる僕。






「ってことで、時間を戻すって選択肢は、言っといて何だけどもオレの独断と偏見で抜いちゃうから、よろしくね〜?ぴかるん。オレはかわいい愛しい息子のためなら、モンスターな親になるって決めてるからっ」

「………天ちゃん」

「それに、それぐらい強引なことしないと、ぴかるんは矢とヘドロで死んじゃうどころか、存在ごと消える。オレはね、こう見えてぴかるんのこともとっても大事に思ってるんだからねっ」

「………天ちゃん」






 続きに続く天ちゃんの言葉は、ふわって僕の心に風をおこした。






 僕の中から消された選択肢。



 模範解答である①に引かれた二重線。






 残された選択肢は。






 本当にそうしたい方と、これなら現実的かなって方。






 プラス。






 僕が自分じゃ②も③も選べないって、天ちゃんは分かったのかな。






 本当に僕は。大事に。



 大事に大事に、されてるね。






 気づいたら、涙が、勝手に溢れてた。






 そしたら目の前から、はあああああって大きい鴉のため息。超特大。






 鴉は項垂れてた。頭のてっぺんが見えてる。






「………光と居たい。………本当に俺は、それだけでいい」






 どきんって、した。



 熱烈に口説かれてるみたいで。






 じゃ、なくて。






 嬉しい、んだ。僕は。



 こんな人に、こんな風に言われて。



 他でもない、鴉に言われて。






 これ。



 うんって言ったら、どうなっちゃうの。






 こわい気持ちより。






 僕はうんって、言ってた。

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