少年は天狗山で死んだ

光 145

　与えられた選択肢の、模範解答は①。

　でも、僕の気持ちは、正直に言っちゃえば③。

　でも、それは色々問題があると思うから、一番現実的なのが②。

　②を選んで、時々ここに来る。

　それが一番、あちこちに問題はない。多分。

　ただ。

　ひとつ。

　あるとしたらそれは、鴉の気持ち。

　鴉は僕のこと好きだと思う。

　色んな意味で好きだと思う。

　自分で言ってて恥ずかしいし、何言ってんだろって思うけど、事実としてそう。

　それはいい。

　別にいい。

　人として好意を持たれるのは、鴉みたいな人からなら全然。

　変に好奇とか下心とかがありなのは気持ち悪いけど、鴉は絶対そういうのじゃないから、普通に嬉しいよ。

　ただ。

　たださ。

「鴉のそれはどういう気持ち？」

　考えないようにしてたけど、天ちゃんと鴉の会話を聞いてから、鴉に直で言われてから、考えちゃってる。

　僕と居たいとか僕がいいとか。

　天ちゃんだって聞いてた。ぴかるんに恋しちゃった？って。

　僕は、ここに居たい。

　①を選ばず②を選んでも、山をおりても、僕はここに来たい。

　でも。なんだよ。

「もし、鴉のそれが恋愛を含んでるなら、僕にはそれに応えられないよ」

「………」

「それは、鴉も僕も男だからって理由じゃなくて………それは、僕が襲われて汚されて汚くて、もう二度と『そういう風』に触れられたくないし、触れたくないって思ってるから」

　だから、鴉の気持ちにそれがあるなら。

　僕は山をおりてもここに来ちゃいけないって。

　僕は。ひとりにならなきゃいけないって。

　だって、応えられないんだから。

「………この僕じゃ、鴉に何もできない。してあげられない。だから」

　あんなことがあって、僕はもう『ああいうの』がイヤだと思ってる。二度と。

　僕の全部が全力で言ってるんだよ。だから、天ちゃんに正直に言ったけど、僕の身体はもう機能しない。

　機能しなくても、鴉が相手で僕が『される』側ならできる。

　絶対に、イヤだけど。もう二度と。『される』なんて。

　だから、だよ。どんなに鴉に好きになってもらっても、僕が相手だと鴉は恋愛らしい恋愛が何もできない。

　気持ちを伝え合う行為が、何も。一切。

「それは違う」

　言う前に遮られた。食い気味で。

　僕を真っ直ぐ見る、キレイな黒い目。

　鴉の目は、本当に本当にキレイなんだよ。

　ずっとここに居るから、この山に居るから、目だけじゃなく心もキレイでしょ？

　そんなキレイなとこに、僕なんかうつしちゃ、本当はダメだよ。ダメなんだ。

「光は俺にできる。できてる。してくれてる。いっぱい」

「できない。できてない。してあげてない」

「光は、俺が初めて出会った人間。光は俺を見てくれる。俺と話してくれる。俺に笑ってくれる。世話を焼かせてくれる。知らない色んな気持ちをくれる。光が居るだけで俺の世界が全然違う。変わった。変えてくれた」

「………そんなの、たまたま僕だっただけじゃん」

「そうかもしれないけど、今、俺の目の前に居るのは光だ」

　鴉の言葉を、気持ちを、拒否しても拒否しても。

　これ以上入って来ないでって拒絶しても拒絶しても。

「何もできないんだよ？」

「だからいっぱいできてる」

「もし恋愛感情になってもだよ？」

「俺は光が居るだけでいい」

「全然触れないんだよ？」

　鴉は来る。

　僕の中に。心の。

　ぐらぐら揺れた。心が揺れた。

　ものすごい熱烈に口説かれてるみたいな気持ち。

　なのに鴉は。そこで。ここで。

「………？触ってる。頭も撫でてるし抱っこも何回もしてる。抱き枕だって」

　あれ。

　それを聞いて。

　僕は熱烈に口説かれてるんじゃないの？あれ？何か違う？って。急に、心配。

「鴉、意味分かってる？」

「………？」

　あれ？

　鴉との会話が一気に止まって、あれ？ってふたりでなって、鴉が助けてって言うみたいに黙って聞いてる天ちゃんを見たからつられて僕も天ちゃんを見た。

　そしたら天ちゃんは。

　天ちゃんは‼︎あろうことか‼︎

　テーブルに肘をついて顔を下にして‼︎

「ちょっと天ちゃん⁉︎人が真面目に話してるのに何で笑ってんの⁉︎」

　笑ってた。

　あろうことか、笑ってたんだよ‼︎

　えええええ⁉︎ってなって、かあああって、顔が熱くなるのが分かった。

　やっぱ何か違う⁉︎って。

「………いや、ちょっとふたりの会話が面白くて」

　ぶふふふって笑い声。

　揺れてる頭。

　揺れてる肩。

　僕の頭はもうパニック。

「だから言ったでしょ？ぴかるん。鴉は仙人みたいな子だって」

「言ったけど‼︎………え、ちょっと待って。僕、鴉って僕のこと『そういう意味』で好き？ってちょっと思って、だから先手で言っとこうって思ったんだけど、違う？違うの？もしかしてこれって僕の超恥ずかしい勘違い？」

「大丈夫だよ、ぴかるん。オレも『そう』かなって思っていつも見てるから」

「そうだよね？そうでしょ？」

「うん。たださ、そこは相手が鴉だからね。普通の恋愛とは全っ然違ってくると思うよ？」

　鴉だから。

　この山しか、天ちゃんしか知らない鴉だから。

　言われて、変に納得しそうな僕。

　って、納得してる場合じゃなくて‼︎

「それに」

「………それに？」

「ぴかるんも鴉のこと『そう』だよね？」

「へ⁉︎」

「………え？」

「天ちゃん、ふたりは両想いって踏んでるけど。………違うの？」

　へ⁉︎

　両想い⁉︎

　天ちゃん何とち狂ったこと言ってんの⁉︎

　両想いってことは、僕も鴉を好きってことじゃん‼︎

　ちょっと待って、どうしたらそうなるの⁉︎って、天ちゃんに叫ぼうと思った僕の言葉は。

　カアアアアアッ………

　ばさばさばさばさっ

「………っ‼︎」

「かーくん‼︎」

「カラスっ‼︎」

　椅子の背もたれからばさばさ飛び立って、鴉の顔に体当たりをしたかーくんによって、永遠に封印された。