光 144

 え。






 それは一瞬。






 すうって、変な表現だけど、ドラマとかで見るぐらいすごくキレイに一筋、悲しい顔をしてる鴉のほっぺたを涙が伝って落ちた。






「鴉」






 それがあんまりにもキレイでびっくりして、思わず呼んじゃった。鴉って。



 呼んでから、え、どうしよう。何言うの僕?って、変な間。



 しかも出てきたのは。






「………何で、泣くの?」






 聞いてどうするの、な質問。






 どうするの、だけど、気になった。



 何で泣くの。今のどこに泣くポイントがあったの。






 それを聞いて、僕はどうするの。






 鴉は黒い服の袖で涙を拭って、何でもないってぼそって言った。






 それは、僕でも分かるぐらいの、下手な嘘だった。






「ゆうちんとゆっきーには許可取ってるから、今から見に行ってみる?」






 え。






 今度は天ちゃん。



 ちょっと待ってって焦る僕をよそに、話が進んでく。






「今から?何を?」

「血桜」

「………え」

「………」

「こないだよりまたもうちょっと咲いて、本当にあとちょっとで満開なんだって。ちなみに正式に使用許可ももらってる。どう使ってもいいって」






 ちょっと、待って。






 本当にどんどん話が進んでく。



 プラスで僕の知らないところでも進んでる。






 正式に許可って。



 どう使ってもって。






 聞いてないよ。そんなこと。






 汗で手がびっしょりだった。



 ううん、手だけじゃない。



 そんなに暑くないはずなのに、僕の身体はじわって変な汗をかき始めてる。






 天ちゃんに与えられた3つの選択肢。






 ①時間を戻す。



 ②山をおりる。



 ③ここに残る。






 それが頭の中をぐるぐる回った。






 模範解答っていうのがもしもあるんだとしたら、それは絶対①なんだ。



 だってそうすれば。






 ………そう、すれば。






 でも思う。疑問。






「………どこまで戻ったら、母さんは死なずにいてくれるんだろう」






 知ってる。分かってる。



 ①を選ぶってことは、自分の気持ちを全力で無視するってこと。



 でも模範解答だと思ってるのも本当。






 母さんに、生きてて欲しかったって、ちゃんと思ってる。



 そのために僕ができることがあったならって。






 だから思う。疑問。






 どこまで戻ったら、それは可能なの?






「もしそれを………ぴかるんのお母さんが死ぬ選択をしないぐらい戻ってって願ったら、ぴかるんが生まれない可能性大だよね」

「………え?」






 あてのない疑問に答えてくれた天ちゃんの答えは、僕の想像をこえるものだった。






「自ら死を選ぶほど絶望した人の絶望感を打ち消すとしたら、まったく違う人生にならなきゃ無理だと思うよ。そもそもからのやり直しが必要なレベル」

「………そもそも、から」

「違う親から生まれてまったく違う育てられ方をして、ぴかるんのお父さんじゃない人と結婚して子どもを産む。………それはもう、ぴかるんのお母さんじゃないよねって、ぐらいそもそも」

「そこまでしないと無理?」

「少なくとも死んじゃう少し前に戻った程度では9割以上難しいと思う。ぴかるんなら分かると思うけど、絶望って………蓄積でしょ?」






 そんなことないよ。



 そんなことないよ。って。






 天ちゃんの言葉を聞くたびに必死で思おうとした。



 そもそも、なんて。



 そこまでじゃなくたって。






 でも、無駄な足掻きだった。撃沈。完敗。






 絶望は蓄積。






 それに。撃沈。






 母さんが死んじゃった。



 それだけなら僕は死のうなんて思わなかった。



 父さんが帰って来なくなった。



 それでも僕は死のうとは思わなかった。



 学校で襲われた。



 まだかろうじて、踏みとどまってた。






 僕を最後、突き落としたのは。



 ぷつんって、最後の細い細い糸を切ったのは。






 先生。






 あのとき何をされたか、何があったか察した先生が、もし僕に手を差し伸べてくれてたら。






 蓄積。



 ひとつ、ふたつ、みっつって重なって。積まれて。






 母さんも、そうやって。






「………俺は光がいい。今目の前に居るこの光が」






 ぐるぐる回る思考の中。






 鴉の声が。言葉が。気持ちが。






 僕の胸の奥にぶすって刺さった。

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