鴉 142

 気づいたら、起き上がって耳を塞いでた。






 つんつんって肩あたりを突かれて、閉じてた目を開けた。






 居間。



 そして布団の上。






 俺をつついたのは、おそらく気狐の鼻先。



 気狐が光と俺の枕元に座ってた。



 俺をじっと見上げて。






 きゅう






 鳴く。






 気狐の声はもう、言葉として頭には響いて来なかった。



 いつもの鳴き声しか。






 言葉として理解できるのは、夢の中だけってことか?






 夢。






 さっきのは夢。



 だけど、夢じゃない。






 光にとっては夢。



 でも、俺にとっては夢じゃない。






 気持ち悪い。






 あれは、その一言に尽きる。






 黒一面に無数の口。



 それが動いて動いて。






『何で』。






 口は言った。音を発したのはそれだけだった。一言。何で。






 眠って見る夢には意味があると天狗に聞いたことがある。



 どんなに無意味そうで非現実的な夢であっても、何かしらの。






 なら、今の光の夢にも。






「こわい夢でも見た?」

「………っ⁉︎」






 突然の声に、びっくりして身体が思いっきりなった。びくって。



 それを見て、天狗はごめんごめんって。






「けど鴉急に飛び起きるからさ〜?オレもちょ〜びっくりしたよ〜?」

「………ごめん」

「全然いいんだけどね。で、どした?」






 天狗はむくって起きて、あぐらをかいた。



 口調はいつも通り。



 でも、その目は。顔は。






 昨日からずっと心配の色。






「気狐に、光の夢の中に連れてかれた」

「へ⁉︎」






 これ以上心配をかけたくないし、光の夢を俺も見たからってどうしたらいいのかも分からないから正直に話した。



 そしたら、心配そうな色を浮かべてた天狗の目が、俺の一言でまん丸になった。






 そのまま気狐を見て、俺を見る。



 もう一回気狐を見て、俺。






「え、え、え⁉︎どゆこと⁉︎気狐ちゃんそんなことできるの⁉︎すごーい‼︎え〜⁉︎オレにもやってよ、気狐ちゃん‼︎鴉だけずる〜………もがっ」






 天狗。ちょっと待て。



 声がデカい。



 光が起きる。






 知らなかった気狐の力を知って、テンション上がりまくりの天狗の口を、思わずがしって、俺は手でつかむみたいにおさえた。






 起きたか?って、肩越しに光を見れば、やっぱりうるさかったらしく、光がうーんってうなってもぞもぞ動いてる。






 もぞもぞ。もぞもぞ。






 動いて、俺が起き上がった分だけスペースが広がったって分かったらしく、そこにころんって転がった。






 多分、起きてない。



 多分、寝てる。






 少しの間、天狗の口をおさえたまま、光が本当に寝てるか観察して、すーすー聞こえる寝息に、安心した。






 光も寝不足だろうから、昨夜の分を寝といた方がいい。






 俺が光を観察してる間、天狗は俺に顔の下半分を鷲づかみにされたままじたばたしてた。



 ぺしぺしぺしって俺の腕を叩いて、離してって感じで。






 俺はあいてる方の手の人差し指を自分の口の前で立てて、天狗に向かって静かにしろのゼスチャーをした。






 天狗はこくこくこくって高速で頷いた。






「もう〜苦しいよ鴉〜」

「………光が起きる」

「うん、それはごめんごめん」






 さっきより半分以上ボリュームを下げて。



 もう一回光がちゃんと寝てるか確認してから、俺は光の夢を天狗に説明した。

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