光 141

 口はまたひとつずつ増えてった。



 ふたつ、みっつって増えてった。






 それを僕はじっと見てた。






 何を言ってるんだろう。



 動いてる口は声がなくて、それぞれに何か言ってる。






 これは夢。



 ある意味母さんの夢。






 母さんは僕に何か言いたいの?



 僕に言い残したことがあるの?






 霊的なものは、僕は見たことがない。



 だからってそういうのが全部ウソだとも思ってない。



 あるかもしれないよね。あってもおかしくないかもしれないよね。程度にはあるんじゃないかと思ってる。






 だからだよね。






 母さんは僕に何か言いたいの?



 僕に言い残したことがあるの?



 こんなにいっぱいの口だけで、毎晩僕の夢に出てくるってことは。






 なんて。そんな風に思うのは。



 だから口だけなの?って。






 最終的に母さんの口は、無数の口で揃って言う。『何で』って。






 何で。






 僕が言いたい。僕が聞きたい。そんなの。



 今までの全部において聞きたい。何で。






 ぱくぱく口が動いてる。



 赤い口紅の口。母さんの口。






 もし、こんなにもたくさん、口と同じ数だけ、母さんが言いたかったことがあるなら。



 心残りがこんなにもたくさんあるなら。






 僕は天ちゃんとゆうちんとゆっきーに言って、あの赤い桜にお願いさせてもらった方がいいのかもしれない、よね。






 時間を戻してって。






 母さんの、言いたかったことが全部聞けるだけ分、時間を戻してって。






 そう思うのに。






 ………そう、思えない。






 ぎゅって、てのひらを握った。拳を握った。






 僕はどうしたらいいの。






 イヤだよ。ねぇ母さん。僕は。



 何でこんなこと考えなきゃいけないの。知らないよ。



 だって自分で死んじゃったんじゃん。母さんは。何も言わず。いつも通りの夜のあと。






 何で。何でだよ。母さん。






 口は動いた。



 増えながら動いた。



 それぞれにぱくぱくって。






 そしてそれは動いて増えて動いて増えてを繰り返し、繰り返して、どんどん早い動きになってそして。






 ぴたり。






 止まる。






 僕は咄嗟に耳を塞いだ。



 塞いだところで、だけど。手で耳を押さえた。






『何で』。






 無数の口が一斉に音を発して、耳が痛いって。






 思った。

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