鴉 141

 そこは、何もない、黒一面のところだった。






 俺、さっき起きなかったか?



 天狗と光に挟まれて寝てるって、思わなかったか?






 辺りを見渡しても、黒以外何もなかった。



 でも、自分の手や身体は見えた。






 ということは、周りが本当にただ黒一色なだけで、光源のない暗闇ではないということ。



 でも、俺が見えるその光源がどこにもない。






 見えるのは黒。それ、のみ。






 起きたと思ったさっきも夢で、これも夢なのかもしれない。






 っていうのはそうだといいっていう俺の希望で、多分さっき起きたのは現実。これが夢。






 におい。






 においで分かる。その違いが。






 起きたとき、光のにおいがした。



 光の悲しいにおいが。






 そしてここは無臭。においがない。






 現実世界ににおいのない場所なんかない。



 何かが在れば必ずにおいはする。



 でも夢に『在る』はないからにおいはしない。だから夢。






 でも。






 一瞬、だった。



 起きてたはずなのに、ほんの一瞬。で、これ。ここ。この状態。






 考える間もなくこれにはあやかしが絡んでるだろう。



 こんなことができるのはあやかしだけだ。






 ただ、不思議の権化である天狗は俺の隣で寝てた。



 ひとつ目も光の横で寝てた。






 ってことは。






 きゅう。






「………やっぱりお前か」






 あそこに居たあやかしは3人。



 天狗とひとつ目と気狐。






 で、天狗とひとつ目が違うなら、気狐しか居ない。



 暗転する直前、俺を見て鳴いたし。






 もしかして今朝も光に何かしたのかもしれない。



 天狗の様子からして光は結構やばかったはずだ。



 いつもは寝相が悪いのに、ぴくりともしないで寝てた。もう目が覚めないかもしれないって思うぐらいに。






 でも光は気狐に起こされて起きて、しかも普通で。






 そうだよって言うみたいに、気狐は黒のそこに真っ白な身体を浮かび上がらせ鳴いた。






 気狐の力はナゾ。






 天狗は風。ひとつ目は癒し。



 でも気狐は、今まで特に力を見せることはなくて。






 人を強制的に寝かせて、夢に現れることができる?



 人の夢に介在して何かできる?






 それなら天狗も『夢渡り』ができる。



 天狗の知り合いの鬼たちにも。






 お互いが寝たら、相手の夢を渡って会いに行けるという不思議な。






 ー違う。






「え?」






 ーこれは夢渡りではない。






 声。






 誰って、聞く相手は今ここには気狐しか居ない。



 頭の中に響く声。女の。






 足元の気狐を見下ろしたら、気狐が俺を見上げてた。






 ーこれは光の夢。






「………え?」






 光の。






 これが?






 黒一色。



 真っ黒でしかない一面。






 これが。






 どこかに光が居るのか?って見渡した。



 そしたら。






 ………居た。







 少し先に、小さい人影。



 光。






 光がこっちに背中を向けて、立ってた。






 これって見つかったりしないのか?っていうう疑問は、頭の中に響く気狐の大丈夫って声で解決した。






 大丈夫なら、と。少しだけ、夢の中の光に近づいた。






 そしたら。






 ああ。そうだ。夢だ。



 これは夢。光の夢。光が言ってた、夢。






 黒い一面に、ひとつ、ふたつと口が浮かんだ。



 女の口。






 口は増えた。ひとつ、ふたつ。どんどん増えた。






 増えて増えて増えて増えて。無数に。






 気持ち悪い。






 確かこれは光の母親の口って。



 よくこんなのを毎晩のように見てあんなに平然としてたな。






 こんなの、悪夢でしかないだろ。






 口はぱくぱくと動いた。



 声を出さずに動いた。



 何かをそれぞれに言っていた。






 それぞれに動いてた口が、ぴたっと止まった。



 そして。











『何で』。











 一斉。






 耳が裂ける。






 そう思ったそこで、また見てた世界が暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る