鴉 138

「あ、まーちゃんだ」






 家事は天狗がやってくれてる。



 だから今日は光と廊下でぼーっとしてた。のんびりと。






 今日も天気がいい。



 空が眩しい。キレイな青。そして緑。






 それを眺めてたら、光が歌った。鼻歌。






 何の曲か知らない曲。



 でも、初めて光が歌うのを聞いて、いいなって思った。






 歌と言えば、天狗のちょっと何かがズレたのしか普段聞かないから。






 すぐ側に光が居て、カラスも気狐も居て、特に何かするでもなく外を眺めて鼻歌が聞こえる。






 俺、このまま寝れるかもってときだった。






 鼻歌が消えて、光の声がネコマタの到着を告げた。






 おーいって手を振る光。






 に。






 にゃあああああっ






 デカいネコマタがデカい声で鳴いた。そして何故かダッシュしてくる。猛ダッシュ。こっちに向かって。






「え?え?え?何?こわいこわいこわいっ」






 一目散に、一直線にこっちを目掛けて走るネコマタに、光が伸ばしてた足を曲げて逃げの体勢。






 いつもはのんびり歩くネコマタ。なのに。何で。



 あんなに走ってひとつ目は大丈夫なのか?






 どどどどって音。






 突っ込んでくることはないとは思う。ネコマタはなんだかんだ光が好きだ。



 他の小さいのたちみたいに分かりやすくアピールをしてないだけで、しっかり懐いてる。






 だから突っ込んでくることはないだろうけど、逃げの体勢の光を、俺は俺の背中に隠すみたいに、した。






 目測を誤って突っ込まれたら困る。



 こっちはあやかしじゃなく、生身の人間。あの勢いで来られたら。



 ネコマタとは作りが全然違う。脆いんだぞ。






 大丈夫だとは思った。思ってた。だから念のため。



 突っ込こんでくることはないって前提。






 思ってた通り、ネコマタは俺たちの前でザザって止まった。すぐ目の前で。






 ネコマタが前より家に近づけるのは、ちょっと前に天狗が物干し竿や物干し台の位置を変えてくれたから。






 にゃあああああっ






 デカいネコマタが挨拶なのか何なのか、もう一回鳴いた。



 鳴いてから光の前に頭を差し出す。撫でろと言わんばかりに。






「おはよう、まーちゃん」






 光は俺の後ろからありがとって出てきて立ち上がって、ネコマタに手を伸ばした。撫でた。






「ひかる」

「いっちゃんもおはよ」






 ぴょこ。






 デカいネコマタに上から、小さいひとつ目が顔を覗かせた。



 そして。






「………ひかる」






 おいでって手を伸ばす光に向かって、ひとつ目がダイブした。






 ぽふって光の腕にひとつ目がおさまると同時。



 空気が。






 動いた気がする。ゆらって。






 多分、ひとつ目がヘドロを消してる。その空気の動き。






 昨日からの、今日。



 生きてる光。






 よかった。ひとつ目が来た。これでもう。






 目の奥が、熱かった。

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