光 137

「トイレだけは絶対にイヤ‼︎あっちで待ってて‼︎」

「………」






 鴉が。



 鴉が小さい子みたいになっちゃった。






『完全に後追いだね』

『後追い?』

『赤ちゃんがお母さんにするやつ』

『………鴉は大人だし僕はお母さんじゃないよ』

『うん、そうだけど。でも、まさにそれ。うわぁ、鴉が赤ちゃんの頃思い出す〜。オレの後をハイハイで追いかけて来てたんだよ〜。かわいかったなぁ〜。って、今もかわいいけどっ』

『………鴉はもう大人だってば』

『それだけショックだったってことなんじゃない?『あれ』を見てなくてこれだから、あのぴかるんを見てたらもっとすごいことになってたよ、きっと』

『ねぇ、天ちゃん………。僕、そんなにひどかったの?』

『うん。そんなにひどかったよ』






 どこに行くにも何をするにも、僕の服の裾や袖をつかんでついてくる鴉。



 トイレだけはさすがに断固拒否ったけど、拒否った後の鴉の背中の落ち込み具合が半端なくて、僕の罪悪感も半端なかった。






 とはいえ、トイレだけは。



 中まで入って来そうな勢いだし。



 外で待たれるのだってイヤ。そんなことをされたら出るものも出なくなる。



 最初のお姫さま抱っこトイレだってイヤだったのに。






 鴉がすごい心配してくれたのは、分かる。



 安心してのことっだってことも、分かる。



 けどまだ心配でってことも。






 分かるけどトイレは別‼︎トイレはダメ‼︎






『ひとつ目ちゃんが来てくれたら大丈夫になると思うけど、ぴかるん、もう変なこと考えちゃダメだよ』






 トイレの行き帰りで、後追い含む色々を天ちゃんに言われた。






 変なことって。






 ………変なことって。






 そんなこと言われても、考えって勝手に出てくるから、気づいたら考えてるから、考えちゃダメって言われても、気をつけてみるけど、正直難しい。



 できるのかな。そんなこと。






 朝ご飯を食べた後、片付けをしようとしたら今日は何もしなくていいから鴉と居てあげてって天ちゃんに言われて、だから僕はいつも以上にやることが何もなくて、とりあえず歯磨きと着替えを済ませた。



 でも、神社に行くのはさすがにダメかなと思ってて、行っていい?とも聞いてない。聞けてない。お弁当も作ってない。作る流れもない。






 僕が行けば鴉も行く。絶対。僕といっちゃんたちだけで行くってお許しは絶対出ない。






 え。この鴉を?一緒に?行く?






 ちらって、後ろにいる鴉を見た。






 ………とてもじゃないけど、それは。






 どう見たって寝不足。



 寝不足って見たっていつもの鴉じゃない。



 そんな鴉を、は。






 どうしようかな。






 僕は廊下の開けた窓に足を投げ出して座った。



 鴉は僕がトイレから戻ってすぐトイレに行った。






 食べてるものが一緒だと、トイレに行くタイミングって似てくるよね。






 外を、すぐそこから始まる山を眺めて、ふうって一息。






 ここに居ればいっちゃんが来るのすぐ分かる。



 いっちゃんが来たらどうしよう。神社、今日はどうしよう。






 座ってたらかーくんが遠慮がちにとことこ近づいて来て、きーちゃんがいつも通り僕のすぐ側に座った。






 そういえば、夢にきーちゃんが出てきた。



 目が覚めたらきーちゃんは夢と同じように僕にすりすりしてくれてた。






 ただの偶然?



 それとも、夢だけど、夢じゃなかった?






 天ちゃんといっちゃんもだけど、きーちゃんの存在と力は不思議でよく分からない。






 きーちゃんを1回撫でてから、ちょっと離れたところで僕を見てるかーくんをよいしょって抱っこした。



 いつもなら自分から僕の肩や脚に乗っかって来るのに、朝の僕の大きい声を気にしててできないっぽいかーくん。






 ごめんねって、謝った。びっくりしたよねきっと。






 通じるかな。通じるよね?かーくん頭いいから。






「さっきは大きい声出してごめんね。怒ったんじゃないよ?鴉が僕のことすごい心配してくれて、僕が泣かせたようなものだったから、今日は攻撃しないであげて欲しいんだ」






 いつもかーくんの攻撃はすごいから。



 すごいって言っても、手加減はちゃんとしてるし、鴉も避けてる。



 でも容赦はなくて。だから。






 ね?ってかーくんを覗き込んで言ったら、かーくんはクワって返事をしてくれた。



 分かってくれたんだなって、思った。






「光」

「んー?」

「天狗が新しい鳥居を作るって」

「え?」

「持って帰って来たやつは直すのが難しいからって言ってた」






 説明してたら、トイレから戻ってきた鴉がそう言った。背後から。






 鳥居。



 壊れて鴉と僕じゃ直せない小さいのを、天ちゃんならもしかしてって持って帰ってきた。






 そっか。ダメだったか。






 できる限り、そこにあるのを、元に戻せなくても、できる限り元々のもので元に近いものにしたかった。してあげたかった。






 って、きーちゃんがそれを望んでるかどうか分かんないのにね。自己満足で。僕が勝手に。






 けど、新しいのを天ちゃんが、作る?






「天ちゃんって大工仕事もできるの?」

「できるよ」

「すごいねぇ」






 比べるのも変。






 天ちゃんは人じゃなくて天狗だから。



 不思議な力を持つ天狗山の天狗だから。






 なのに。



 天狗なのに、人より色々、人のことができちゃう天ちゃんで、鴉もさ。今日は小さい子みたいになってるけど、すごい人で。






 ………僕は。






 あ、ダメだ。これだ。これをやめなきゃ。






 ずんってまた少し、身体が重くなったような気がした。

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