鴉 135
泣き疲れたのか、それとも別の理由があるのか、こんなに近くで天狗と話してても光は起きなくて、まだしばらく起きなさそうだったから、ちょっと一旦落ち着こうって、天狗はシャワーを浴びに行って、俺は台所で天狗とふたり分のお茶をいれるために、やかんでお湯を沸かしてた。
何かあったらすぐ呼んでくれって、カラスと気狐に光を任せてある。
部屋を出るときに心配で見た光に、カラスと気狐が俺がずっとそうしてたようにべったりくっついてた。
何かあれば呼んでくれる。
分かってても、光の部屋が気になって仕方なかった。
ここに来たときの光は、首のところに矢が3本刺さってた。
それに集まるように全体にヘドロ。
鏡越しにはそうで、実際の光はと言うと、顔色が悪くて痩せ細ってて体調が悪そうで。
目が、死んでた。目に光がなかった。
たったの3本でそれ。
ってことは。それ以上の数になったら?
「鴉、火」
「………」
「鴉、もうお湯沸いてる」
「………え?」
椅子に座って、お湯が沸くのを待ってた。
いつもならすぐ気づくのに、今日は。今は。
………天狗が風呂から出てきたことにも気づかなかった。
ごめんって立ち上がろうとした俺を、天狗のデカイ手が止めた。
「オレがやるから、座ってな」
「………ごめん」
くしゃくしゃって、乗る。
頭に天狗の、デカイ手が。
そのままコンロの火を止めて、慣れた手つきでお茶の準備をしていく。
ほうじ茶の、いいにおいがした。
「まあ、どうするもこうするも、こればっかりは光が自分でどうにかするしかない」
マグカップにほうじ茶。
テーブルに、はいって置かれたそこからゆらゆらと立ちのぼる白い湯気を、俺はぼんやりと見てた。
天狗は一口飲んで、ふうって息を吐いてからそう言った。そして。
「オレたちにできることはひとつ」
「………ひとつ?」
「光を信じて待つ。のみ」
「………他は?他に何か」
信じて待つって。それのみって。
それは何もできないのと同じじゃないのか?
聞いた俺に、天狗は首を振った。横に。
じゃあ。
じゃあもし光が今の状態からどうにも抜け出せなかったら。
光。
俺が拾った小さいの。
俺は天狗に拾われて、今もこうして生きてるのに。
俺が拾った光は。
「………鴉」
見てた湯気がゆらゆら揺れた。
湯気だけじゃなくて、視界全体もゆらゆら揺れた。
涙が知らず、出てた。
ぽたぽたって、テーブルに落ちた。
天狗にしてもらってきたことを、俺は光にできないのか。
「小さい頃以来だ。鴉の涙は」
そう言って天狗は立ち上がって、ティッシュを持って来てくれた。
涙を拭いてくれた。
「………悔しい」
「悔しい?」
「何もできないのが」
すぐ横で立ってる天狗が、ティッシュを置いてまたくしゃくしゃって。頭を。
鴉は相変わらず負けず嫌いだねぇって。
いつもより低く落ち着いた、本来の天狗の声で言って、笑った。
「何もできないんじゃないよ。鴉にはできることがいっぱいある。オレよりずっと光のことが大好きな鴉にしかできないことが、いっぱい」
「………何が、できる?」
天狗を見上げた。
本当、小さい頃以来の情け無い泣き顔で。
天狗は両手で俺の頭をくしゃくしゃにした。
もー、泣かないのって、天狗が泣きそうな顔で。
「おはようって言える。おしゃべりできる。笑い合える。他にもいっぱいあるでしょ?特に鴉はさ。一緒にご飯を食べる、とか、一緒に掃除する。洗濯する、出掛ける。すんごいいっぱい」
「………」
「それって、光は光でいいんだよってことじゃん?他の誰でも何でもない、今オレたちの目の前に居る光でって。それして、光なら大丈夫って、信じて待つ。それができること」
天狗が言うならそう。
天狗が言うことは本当。
だからそう。
だけど。
そんなことで。
『あの』光が。ぐったりしてた光が。
「ほら、お茶飲も。で、今日はぴかるんが起きるまで川の字で寝よ」
はいって天狗は、テーブルのマグカップを俺の手にねじ込んだ。
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