光 134

 真っ暗闇。






 それは最初、いつもの夢だった。






 真っ暗闇にひとつ、母さんの口が浮かんで、僕はすぐにまた同じ夢かって思った。



 けど。






 違った。






『おい』






 母さんの口が男の声でそう言って、ぐにゃりって形を変えて、ぐにゃりって形が変わった。






 母さんの口は、にやにや笑いながら、僕も着てた制服姿の上級生になった。ふたりの。






『ちょっといい?』






 知らない人だった。






 っていうか、そもそもまだ入学したばかりで、同級生どころかクラスメイトの顔と名前も全員一致してないのに、上級生なんか余計。






 おいって呼び止め方が、イヤだった。



 にやにやしてる顔がイヤだった。






 何ですか?ってその場で聞こうとした僕の腕を、名前も知らない先輩はつかんだ。両側から挟まれて、逃げられなくなった。



 そして。






 そして。






 連れ込んだふたり。連れ込まれたところに居た複数人。






 なんで。






 泣いて叫んで暴れた。



 そのすべてが無駄だった。






 どこまでが夢でどこからが現実なのか。



 終わったことなのか続いてることなのか。






 僕は泣いて叫んで暴れた。






『光』






 違うって思ったのはその声で。



 僕を呼ぶ声。



 よく知ってる声。






『光』






 違う。






 おさえつけられて身動きが取れなくて、誰だか知らないやつの気持ち悪いモノが突っ込まれてる状態で、これは違うって。



 この状態が違うで、僕を呼ぶ声がそう。違わない方。






『光。俺だ。鴉だ。光』






 鴉。






 黒い服、黒い髪、黒い目。



 すぐに思い浮かんだ。






『光』






 無表情に無愛想に僕を呼ぶ人。



 なのに、光っていつも僕を助けてくれる人。



 イメージカラーはすっかり黒。それ以外の色は思いつかない。



 なのに心は、内側は白い人。白。ううん、透明かも。






 カアアアアアッ………






 鋭い鳴き声と共に1羽のカラスが飛んで来て、そのカラスが目の前の空間を黒いくちばしで切り裂いた。






 空間にできた切れ目に、僕を呼んでる人が居た。






 何人かも分かんない何人もの上級生に、ぐっちゃぐちゃに汚く汚され犯された僕と。



 キレイな山でキレイに生きてきた透明な鴉。






 苦しいぐらいに強く抱き締められてることに気づいて、僕はイヤって鴉を突き飛ばした。






 夢と現実がごっちゃになってる。



 アレは過去。これが今。



 さっきのは夢。これが現実。






 けど僕は今の今まで犯されてて、ぐっちゃぐちゃな身体でぐっちゃぐちゃな心で。



 僕は。僕は僕は僕は。






 苦しかった。



 息が、胸が、身体が心が。



 重かった。鉛でも乗ってるみたいに。






 なんで。






 なんで僕だったんだろう。



 なんで僕じゃなきゃいけなかったんだろう。






『すげぇ女みたいな顔じゃん』

『女よりいいんじゃね?』

『小さいしな。この顔でもデカイと無理だわ』

『確かに〜』






 床にひっくり返されて腕も足も頭も押さえつけられて、確かそんなことを聞いた。






 この顔じゃなかったら。



 この身体じゃなかったら。



 僕が僕じゃなかったら。






 矛盾。






 全部がなければ、ここに居る今はないのに。



 僕はこんなにも僕を否定してる。



 そして僕は。






 僕をこんな風に生んだくせに死んじゃった母さんを。






「光、泣くな」

「泣いてない‼︎」

「泣くな。光が悲しいと俺も悲しい」

「泣いてないってば‼︎」






 ぼろぼろと、涙があふれた。






 なんの涙だよ。



 なんで僕は泣いてるの。






 分かんないのに泣いた。



 鴉の優しい言葉を聞きたくなくて泣いた。






 離して。ダメだ。無理だ。



 僕はこんななんだよ。ぐっちゃぐちゃに汚く犯されたんだよ。



 人に触られるのが、触るのも、もう絶対にイヤって思ったぐらい。






「でも光」






 なのに、鴉や天ちゃんに頭を撫でられたり、こうして抱き締められたりすると。



 かーくんきーちゃん、いっちゃんまーちゃんのぬくもりに触れると。






 いいなって。






「悲しいならここで泣け」

「だから泣いてないって‼︎」

「光」

「いいから離して‼︎」

「泣くな。でも、悲しいなら泣け。俺が一緒に泣いてやる。だからここで。………『ここ』で、泣け」






 どうしたら。



 どうしたらいいの。分かんない。






 天ちゃんは言った。



 過去から未来を自分で紐付けて、勝手に決めちゃうのが人間。



 起きたことに善悪、良し悪しって決めつけるのも人間。






 矛盾。






 僕の中の矛盾。



 矛盾矛盾矛盾矛盾。ぐるぐるの無限ループ。






 悲しいなら。『ここ』で。






 ぎゅうって抱き締められてた。



 めちゃくちゃぎゅうって抱き締められてた。






 悲しいなら。






 悲しい。



 悲しい?






 ………悲しい。






 鴉が泣いた。



 光って泣いた。






 僕が悲しいからって泣いた。






 僕は、鉛が乗ったみたいな重さに耐えきれなくて、重くて重くて重くて。






 もう無理って、重さに沈んだ。

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