光 133

 逃げたって言っても、逃げるって言っても、逃げ先は特にない。



 結局台所の、鴉の前から隣の居間に移動しただけ。






 恥ずかしい。



 恥ずかしすぎる。



 穴が欲しい。入る穴。隠れる穴。






 そう思いながら、ソファーの隅っこに座ってできる限り小さくなってみた。



 いくら小さい僕が小さくなったところで隠れられるはずないのは分かってる。






 ただ、気持ちは隠れたいってこと。






 すぐ追いかけられるかと思ったけど、鴉はなかなか来なくて、何だよって思ってすぐ、え、僕来てくれることを期待してる?って自分で突っ込んで自爆した。






 ちらちら。ちらちら。






 来るのは、来てくれるのは間違いないから、入り口をチラ見。



 何度目かのチラ見で鴉が出現してて、ひゃってなって思わず抱えてた膝に顔を埋めた。






 誰かに教えてもらいたい。



 この気持ちってどんな気持ちなの?






「歯磨きして寝るぞ」






 僕がこんなにもこんななのに、鴉はいたって普通。



 に、見えた。見えたって言うか、声。普通。






 こんななのって僕だけなの⁉︎って、ちょっと悔しい。






「………まだ眠くない」






 悔しいから言うこときいてあげない。ちょっと反抗期に突入してみる。



 神社から帰って来てから寝ちゃったから眠くないし。






 鴉は僕より朝早くて、僕よりいっぱい動いてるから眠いかも。






 鴉に続いてこっちに来たかーくんときーちゃんが僕にくっつく。






 僕はまだ眠くないし、僕が起きてれば多分かーくんもきーちゃんも居てくれるから、先に寝ていいよって言おうと顔を上げようとした。



 そしたら、僕より先に鴉が。






「ホットミルク飲むか?」






 ホットミルク。






「飲むっ」

「ん。待ってろ」

「うんっ」






 反射的に飲むって言っちゃって、あ、鴉眠くないのかなって、また台所に戻ってく鴉の背中を見て、反射的返事をちょっと後悔。






 けど。






 何だかんだ付き合ってくれるのが、鴉。






 僕はかーくんときーちゃんを撫でながら、ホットミルクを待った。











 熱いから気をつけろって、甘いにおいのマグカップを鴉が渡してくれた。



 湯気がたってて熱そうで、僕は舌をやけどしないよう息で冷ました。






 同じソファーの、少し離れたところに鴉が座ってる。






 離れてる。



 けど、遠くないとこ。近くで視界に入るとこ。






 静かで穏やかで。






 ………落ち着く。






 スプーンでホットミルクをくるくるした。



 早く飲みたくて息を吹きかけた。






「………鴉」

「ん?」






 鴉と居るとどきどきとかもさせられるけど、基本心地よくて、鴉と居たいって、僕は普通に思ってる。






 僕は、『こんな』僕なのに。






 無限ループしてた『あの日』の脳内再生が、一瞬だけまたよみがえって、考えちゃダメだってすぐ思考を別のところに向けた。






 花火。






 花火、楽しかったって。






「花火、またやりたい」






 ううん、本当は花火だけじゃない。



 ちょっとしたお出かけも、外でのお弁当も、普段の掃除もご飯作りも。






 死にに来たはずのこの山で、僕はまたやりたい、もっとやりたいがいっぱいになった。






「うん。またやればいい」

「………来年も?」






 来年なんて、どうなってるか全然分かんない。想像もつかない。






 帰る。それは決めたことだから。






 鴉が僕と居たいって言って、僕が鴉と居たいって言って、お互いに言い合ってても、全然それは現実的じゃない。






 分かってて聞いて。






「来年も」






 分かってて、聞いた。






 ありがと。






 僕はホットミルクを飲んだ。



 甘くて優しい、味がした。











 全部飲んで、身体がほかほかで、気持ちも、ホットミルクの味みたいに優しい気持ちになった。



 だから鴉への反抗期は終わりにして、歯磨きをして布団に入った。



 寝れるのかな?って心配はしなくても大丈夫だった。普通に寝られた。






 寝られた、けど。






 僕はその日、僕史上最悪の悪夢に、うなされた。

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