鴉 133

 目が、覚めた。



 来るって、思って。






 来る。






 それは、隣で寝る光の、うなされる時間。






 何となく空気で分かるようになった。



 切り替わる瞬間みたいなのが。






 その瞬間が、ピリッて肌に来る。






 来るって、目が覚めた。



 同時に横を見た。






 薄暗い部屋。






 こっちに顔を向けた横向きで、光がううって声を漏らした。






 最近は起こさない。



 また切り替わるのを見てる。



 今日もそうするつもりだった。






 のに。






「………っ⁉︎」






 ………ビリッ






 空気がまた重く激しく変わって、痛みが走った。



 光の布団の上で寝てたカラスと気狐が跳ねるように起きた。



 それぐらいの激しさだった。






 ………何だ?



 光に何が来る?






 ビリビリビリビリ。






 感じる空気に、いつもの夢じゃないって思った。






 それは確信。






「………い、や」






 確信は確定。






「………いやっ………いや‼︎いやっ‼︎いやあああああっ‼︎」






 光が叫んだ。



 光は暴れた。






「光」






 夢。



 光が見てるのは夢。



 夢だけど。






 ばたばたと頭や手足を動かして、逃げようとしている。



 いや、やめて、離して。何度も言いながら。






「光」






 起こそうと伸ばした手は思いっきり叩かれて払われた。いや‼︎触らないで‼︎って金切り声と共に。






 起きろ。光。






 それは夢だ。それはもう終わったことだ。過ぎたこと。



 今じゃない。今ここにお前を傷つけるやつはどこにも居ない。






 カラスが鳴いた。



 気狐が鳴いた。



 光って呼んだ。腕をつかんで呼んだ。






 蹴られた。



 拳の手が顔に当たった。



 引っ掻かれた。






 叫びながら、泣きながら、いやって。






 やめて、助けて、助けて、誰か来て、やだ、いやだ、いやあああああ………。






 叫び声は、叫び切って唐突に消えた。






 その後は呻き声。ううって。泣きながらの。






 光。






 起きろ。もういい。もう。






 分かったよ。どれだけ必死に逃げようとしたか。どれだけ必死に拒んだか。どれだけ助けを求めたか。






「光」






 ぐったりとして呻き声を漏らす光を、俺は抱き起こした。



 いや、離してってまた光は暴れた。






「光。俺だ。鴉だ。光」






 小さい身体を、もう暴れるなって強く抱き締めた。






 もういい。もう起きろ。



 何でこんな夢を見せる。この小さいのをこれ以上悲しくさせるな。






 光。






 俺はバカみたいに光の名前を呼んだ。



 抱き締めて、髪を撫でて、俺だ、鴉だって繰り返した。






「………鴉?」






 何度も何度も繰り返して、光はやっと目を覚ました。



 覚まして。






「………いやっ」






 少し腕をゆるめたところで、どんって光に思いっきり突き飛ばされた。






 光は逃げた。俺から。






 腕から小さいのが居なくなって、俺の腕だけがその形になってた。






「………触らないで」

「光」

「触らないでっ」






 ううって。



 光は泣いた。



 自分の身体に腕を巻きつけて。






「光」

「いや‼︎来ないで‼︎」

「光」






 伸ばした手は、何度も振り払われた。



 でも、俺は手を伸ばして光を抱き締めた。



 突っぱねられても、抱き締めた。






「光、泣くな」

「泣いてない‼︎」

「泣くな。光が悲しいと俺も悲しい」

「泣いてないってば‼︎」

「でも光」






 全力で俺から逃げようとしてる光が、悲しかった。



 何でって。俺なのにって。






 俺はいい。



 いいよ。






 光が何を思って考えて俺から逃げるのか、俺には分からない。



 でも俺は。






 お前が、いい。






「悲しいならここで泣け」

「だから泣いてないって‼︎」

「光」

「いいから離して‼︎」

「泣くな。でも、悲しいなら泣け。俺が一緒に泣いてやる。だからここで。………『ここ』で、泣け」






 俺は光を離さなかった。



 痛くない程度に強く抱き締めて、離さなかった。






 光は離れようとする身体をびくって震わせて。



 そして。






 ううって。



 ううううって。






 光は大きく、声を上げて泣いた。






 光。






 光が悲しくて、俺も泣いた。

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