光 130

 鴉に頭を撫でられながらしばらく泣いてから、布団しまってくるって僕は布団を持って使わせてもらってる部屋に逃げた。






 どうしていいのか分かんない。



 鴉とこれからどんな顔して話せばいいのか。






 僕と居ると、僕と居たいって言ってくれた鴉。






 嬉しいよ。そんな風に思ってくれてるなんて。僕に。



 けどその意味は?その感情のカテゴリー先は?






 考えるとこわい。身体が震える。






 だってカテゴリーによって違うじゃん。全然。接し方。っていうか、行動、行為、そういうのが全部。



 いくら『それだけ』って言っても、本当にそれだけで済むの?済まないカテゴリーの関係もあるよね?






 もちろん僕から返す感情、気持ちによってだって違う。



 同じなら同じに、違うなら違うにそれは、接し方、行動、行為になっていくけど。






 部屋に入ってすぐぼとって布団を落として、僕は自分の身体をぎゅってした。






 恋愛カテなら僕は絶対無理だ。



 僕は一生、永遠に恋愛なんてできない。そう思ってる。






 さっきから脳内でリピート再生されてる『あの日』の映像を、僕は脳内から追い出そうと頭を振った。











「ぴかる〜ん、入っていい〜?」






 どんなに頭を振っても止まらない脳内リピート再生にちょっとパニックになりかけてた僕は、天ちゃんの声で我に返った。



 知らない間に、息がぜーぜーしてた。涙がいっぱい出てた。






 ふうって大きく息を吐いて、袖で涙を拭いてから、僕はぽすぽすって叩かれてる襖の戸を開けた。



 そこには出勤前の金ぴかな天ちゃんが居た。






 天ちゃんは、きっとひどい顔をしてるだろう僕を見て、いつも浮かべてる優しい眼差しを少し歪めた。






「………ぴかるん、明日ひとつ目ちゃんと会う?」

「いっちゃん?うん、多分」






 天ちゃんがそのチャラチャラした雰囲気とは全然逆の、ものすごい真面目な顔と声で言った。



 そして天ちゃんの長い指が、僕の目尻に浮かぶ涙を拭った。






 何でいっちゃん?の疑問は、どしたの?ってめちゃくちゃ優しい声の天ちゃんによって消された。






 僕は、こんなの天ちゃんにしか相談できないって、天ちゃんに全部全部、話した。






 天ちゃんは、出勤前のはずなのに、もうそろそろ行く時間なのに、僕の話をうんうんって聞いてくれた。






 さっきの話を聞いてたこと。



 鴉が天ちゃんに言ってた言葉を、直で言われたこと。



 そこに含まれてるものが何か、鴉自身も僕が鴉をどう思ってるのか分かんないこと。



 でももしそこに、男同士でどうなの?っていうのはとりあえず置いといて恋愛が含まれてたらって、僕が思ってること。



 僕が学校でされたこと。



 そのときから僕が僕に思うこと。



 その後から僕の『身体』に起こった変化のこと。






 最低最悪で、情けなくて恥ずかしいことばかりの全部。



 それを泣きながら。






 天ちゃんは大きい手で、鴉みたいに頭をずっとぽんぽんしてくれてた。



 話し終わった僕の頭を、頭だけ、ちょっとだけきゅってしてくれた。






 優しい優しい、ハグだった。






「そのように思えば、そのようになる」

「………え?」






 よく聞き取れなくて、僕はちょっとだけ天ちゃんを見上げた。






「こうだから、ああだから、だからこうってさ、過去から未来を自分で紐付けて、勝手に決めちゃうのが人間だよね」

「………え」

「起きたことに善悪、良し悪しって決めつけるのも人間」






 天ちゃんは僕から手を離して、右手の人差し指についてる金色のゴツい指輪を触りながら続けた。






「オレ、ぴかるん大好きだよ?だってかわいいしかわいいしかわいいしめちゃくちゃかわいいもん」

「………天ちゃん、それかわいいしか言ってない」

「ごめんごめん、けど本当かわいいんだよ。オレからしたら孫的な?ほら、孫って目に入れても痛くないって言うんでしょ?まさにそんな感じで」

「………孫って」






 うちの子って言ってくれたから、息子ぐらいかなと思ってたのに、まさかの孫発言で、実際天ちゃんって何才ぐらいなんだろうって、僕は全然関係ないことをちょっとだけ思った。






 今の、ただの見た目だけなら、すごい近づきたくないチャラチャラでこわい都会の若者風だけど、僕や鴉には想像もできないぐらい、長く長く、なのかなって。






「この山に来るまでにぴかるんにあったことと、オレがぴかるんをかわいいって思ってあれこれやるのって、実は全然関係ないんだよ。ぴかるんが自分で罪悪(そっち)に自分を持ってってるだけでさ」






 大きいのか、話しながら指輪をくるくる回してて、急に。



 ふって真顔で、僕を見た。天ちゃんが。



 真顔っていうか。






 こわい。






 ゾクってした。



 近づきたくないこわいじゃなくて。



 逃げたくなるようなこわい。一瞬、で。ガラって、変わった。






「シメようか?」

「………え?」






 声も。低い。冷たい。






「ぴかるんの気がすむなら、そいつら探してシメようか?同じ目に遭わせる?それとも海に沈める?できるよ?オレ。完全犯罪で全然。どんな風でも」

「ええ⁉︎」






 びっくりした。



 天ちゃんからそんな言葉を聞くなんて。






 でも、絶対できるって確信。



 天ちゃんなら。



 天狗な天ちゃんなら。






 そうだ。いつもふざけててチャラチャラしてるように見せてて、鴉や僕には果てしなく優しい天ちゃんだけど。






 天ちゃんは、人じゃない。



 天ちゃんは。






 どくどくって、心臓が天ちゃんをこわがってた。






「でも、それしたからってそれでぴかるんは救われる?それで全部なかったことになる?そうできる?」

「………っ」

「過去はね、変えられないんだ。残念なことに。でもって、酷いことしたヤツらに酷いことし返してもさ、起こったことは何も変えられないし、今現実のなうだって何も変わらない。相手に何をしても何もしなくても。唯一変えられるのは、ぴかるんがぴかるんをどう思ってどうしていくか。要するに、自分と未来だよね」






 にこって。



 そこでやっと天ちゃんは、いつもの天ちゃんの顔で笑ってくれた。






 頭の中が、ぐわんぐわんしてた。天ちゃんから出た、シメる?とか海に沈める?なんて言葉がショッキングすぎて。



 そして、さらっと大事なことも言われたって。






 今のだけでも十分目が覚めるようなことだったと思う。ちょっと僕の頭と心がついていけてないけど。



 なのにそこにまた、さらに天ちゃんは叩き込んだ。






「っていうのは人間の一般論でね。『こっち』の世界では残念ながら過去は変えられる」

「………え?」

「血桜ってあったでしょ?ゆうちんとゆっきーのところに。あれに願えばぴかるんは過去に戻ってすべてのやり直しができる」

「………あ」






 そうだ。



 願いを叶えてくれる木。血色の、桜みたいな。



 あれが満開になったらって。






 願えば。



 血桜に。






 やり直せる?



 母さんは死なずにすむ?



 父さんは家に居る?



 僕は犯されずにすむ?






「でも、過去をやり直すってことは、この今が消えるってこと。それでもいい?それでも良ければ、オレはあのふたりのところにぴかるんを送って行くよ?」






 心臓が、痛かった。



 どくどくし過ぎて痛かった。



 今言われた言葉がぐるぐる回って。






 回って、回って………。






「やだ‼︎」






 気づいたら、言ってた。



 また涙も出てた。ちょっと考えただけで、ぼろぼろって。






 鴉と天ちゃんが消えた毎日を。考えて。






 僕は天ちゃんの仕事用キメキメスーツのジャケットの、襟のところをぎゅってつかんでた。






「やだ‼︎絶対いや‼︎今が消えるなんて‼︎」






 そんなのやだ。






 ここに居たい。



 この家に居たい。



 天ちゃんが居てかーくんが居てきーちゃんが居て、いっちゃんとまーちゃんが時々来て何より。






 鴉。






 僕を拾ってくれたあの人。僕のお世話をずっとしてくれてる、めちゃくちゃカッコいいのに無表情で無愛想で無口で何考えてるのか全然分かんない、なのに優しい優しい、僕のことが好きな鴉。



 鴉から僕が居る毎日が消える。僕からもなくなる?鴉が僕を好きじゃなくなる。僕を忘れる。僕も忘れる?鴉を。今を。みんなを。そんなの。






 知らなかった。






 僕の中でいつの間にか、鴉は、みんなは、ここは、こんなにも大きい存在になってたんだ。






 母さんには生きてて欲しいけど、母さんと父さんが居る毎日と引き換えに、鴉と天ちゃんとの今が消えるのは。僕は。






 天ちゃんはうんうんって、僕の頭をまたぽんぽんした。






「鴉はね、恋しちゃった意味でぴかるんのことが大好きでも、ぴかるんが同じ気持ちで鴉を大好きでも、鴉は仙人みたいな子だから、本当にぴかるんと居るだけでいいと思ってると思うよ?」

「………」

「ま、『そういう』知識が薄いっていうのもあるんだけどね。けど、知ってるから。鴉は」

「………何、を?」

「命を」

「命?」

「そ。命。だから大丈夫」






 だからね、ぴかるん。お願い離して〜って、今の今までちょっとカッコよかった天ちゃんが、べしょって一気に情けない顔になった。






 命を知っている鴉。



 だから、大丈夫。






 それが言ってる意味はよく分からなかったのに、何でだか僕は、ものすごくそれに、うんって思った。

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