鴉 130

「あれ?ぴかるんは?」






 少し長い金髪をセットして、チャラチャラと金のアクセサリーをつけて、どこで買ってくるのか謎のスーツを着て、出勤前のチャラ天狗が居間をキョロキョロした。






「部屋」

「部屋?本気寝?」

「いや」






 起きた。っていうか起きてた。



 で、天狗と俺の話を聞いて、泣いて。






『布団しまってくる』






 って、俺が持って来た夏掛け布団を部屋に持って行ってから出てこない。






「聞いてたらしくて」

「へ?」

「さっきの俺と天狗の話」

「へ⁉︎」






 チャラ天狗がびっくりして、それからあっちゃーとか、そっかーとか。






「何かごめん。オレが話ふったからだ」

「………それは別に。思ってたことを言っただけだし」

「うわ」

「………?」

「鴉が男前すぎてきゅん」

「………?」






 何を言ってるのかよく分からなかったけど、じゃあやらないかなぁって、天狗は部屋から持ってきたものをしげしげと見た。






 手にしてたのは。






 花火。






 そんなに本数は入ってない。少ないやつ。10分もあれば全部終わるぐらいの。



 昨日お客さんにもらったんだよねぇって。






「渡すだけ渡してこよ」






 そう言って天狗は、行けずにうろうろしてた俺とは違って、ごくごく普通に光の部屋に行った。











 それから、時間大丈夫か?ってぐらい、天狗は光の部屋から出て来なかった。



 何してるんだ?って気になるのと、遅刻するんじゃないか?って心配なので、何回も部屋の前まで行った。






 何かを話してる声。



 でも、何かまでは聞こえない声。






 開けて入って行って何話してるんだって聞きたい気持ちをおさえるのがこんなにも大変だって、俺はこの日初めて知った。






 待ってる時間が苦痛すぎてじっとしていられなくて、本当に無駄にうろうろしてたら廊下の窓からこっちに飛んでくるカラスが見えた。



 開けて腕を差し出した。



 カラスはばさばさって器用にとまって小さく鳴いた。






 ただいまの意味だろう。






 おかえりって窓を閉めようとしたら、どこかで待ってたらしい気狐も入ってきて小さく鳴いた。






 ただいまの意味か。






 おかえりって言って、窓を閉めた。






「ふたりとも足拭くぞ」






 そこに居ろってふたりを廊下で待たせて台所でタオルを濡らして、また廊下でふたりの足を拭いてたら、やっと天狗が出てきた。



 その後ろから光も。






 足を拭いてたカラスがばさばさ暴れて光の方に飛んでった。



 気狐もたたたって。






 ………また泣いたのか。



 さっきより目が赤い気がする。






「あ、鴉〜。ぴかるん花火やりたいって言ってるから、あとでやったげてね〜。くれぐれも火の取り扱いには注意ね〜。あと多分夜は結構冷えるから、上着着用でっ」

「………ん、分かった」






 カラスにめちゃくちゃ頬擦りをされてる光の手には、天狗から渡された花火があった。



 夕飯食べて片付けて、風呂前の方がいいな。風呂後は冷える。



 何ならさっき風呂に入ったから、今日はもういいかもだし。






 19時半から20時ぐらいでやるか。






「じゃあ、天ちゃんは今宵も夜の街に行ってきま〜す」






 ひらひらひらひら。



 チャラ天狗は俺たちに手を振って、俺たちは玄関までチャラ天狗を見送った。











 別にな。



 怒ってるんじゃないんだろうけど。



 かと言っていつもそんな会話をしてるんでもないけど。






 光がぎこちない。



 光が俺を見ない。






 いや、見てるけどチラ見とか。



 見てるけど盗み見とか。






 どうしていいか分からない結果の反応。






 そんなの………かわいいだけなんだけどな。



 普通で、今まで通りで全然いい。何かを望んでるんじゃない。こうして普通に居るだけで。






 いつもよりぎこちなく夕飯を食べて、いつもよりぎこちなく後片付けをして、予定してた時間より30分も早かったけど、花火やるか?って外に出た。






 けどまだ少し明るくて、そのままふたりでぼーっと空を見上げてた。






「いつも思うけど、すごいよねぇ」






 光が言ってるのは、星のこと。






 まだ少し明るくて、まだ大して見えないのに。






 最初に星空を見たときの光の興奮は、すごかった。



 ずっと喋ってた。目を顔を、星のようにして。






 山の下は星も見えないのか。



 それは悲しい毎日だな。






 光を見てそう思ったのを覚えてる。






「寒くないか?」

「うん、大丈夫」






 肩にカラス。



 足元に気狐。






 黒と白を従えた、沈みゆく陽の空の下の光。






 本の表紙みたいだな。






 それぐらい、そう思うぐらい、それは不思議でそれはキレイな光景だった。

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