光 129

 めちゃくちゃ頑張って寝たふりを続行。



 その間に天ちゃんが部屋に戻って行ったから、よかったってガチガチに強張ってた身体をちょっとゆるめた。






 これならきっと僕が起きてたのはバレない。






 ただ、早く涙を引っ込めないと、起きたフリをしたときに鴉に何か言われるかもしれない。






 落ち着け。



 落ち着け。






 ………落ち着こう。






 僕は何も聞いてない。何も聞いてないよって、一生懸命繰り返してたら。



 そしたら。






 最悪だ。






 光、そろそろ起きろって鴉が‼︎






 ちょっと待って‼︎あと10分‼︎ううん、5分でもいいよ‼︎寝かせといて‼︎そしたら落ち着くから‼︎落ち着けるから‼︎



 今はダメ‼︎絶対バレる‼︎バレちゃうって‼︎聞いてたの‼︎泣いてるの‼︎






「光、夜寝れなくなる」






 ぼそぼそって、無表情な低い声が動いた。



 僕はヤバい‼︎って咄嗟に布団をつかんだ。



 そしてそれは正解で、それは不正解だった。






 鴉は布団をめくろうとした。それは阻止できた。だから正解。



 けど。






「光?」

「まだ寝るのっ」






 布団をつかんで布団に隠れたまま言ってから、こんなのいつもの僕の寝起きじゃないって気づいた。だから不正解。ヤバい。






「………」






 無言。






 鴉が、無言。






 多分だけどじっと僕を見てる。






 僕は布団に隠れてじっとしてるしかできなかった。






 沈黙が長い。



 沈黙が、重い。






 これは、バレたパターン。多分。ううん、きっと。



 僕が起きてたって。



 僕が聞いてたって。



 これでバレてないなんてことは、多分だけど、ない。






 沈黙。






 困ってる?



 僕が起きてたって、分かって。






 ごめんなさい。聞いちゃった。



 鴉と天ちゃんの秘密の話。



 聞いちゃった。



 僕が鴉自身から聞いてない、鴉の、色んな気持ち。






 ぐす。






 涙と一緒に出て限界を迎えてた鼻水を、僕は思わず吸った。






「………何で泣く?」






 鴉の声に、ヤバいって引っ込んだ涙がまた溢れた。






 だって声。



 鴉の声。






 反則じゃん。反則だよ。



 僕を起こす声はあんなにも無表情だったのに、この声は。何で泣く?の声は。






 優しい。



 優しい優しい優しい、声。






 布団を引っ張ってた鴉の手が布団から離れて、僕の頭に乗っかった。ふわんって。






「………泣いてない」






 ダメだ。



 もう絶対1,000%でバレた。確定された。起きてたって。聞いてたって。そして泣いてるって。






 僕の泣いてないって声は、それぐらいふるふるに震えた。



 鴉はそれに、くすって笑った。






 ふわん。ふわん。






 鴉の大きい手が僕の髪の毛を滑る。



 そして。






「光と居ると、光と居たいと思う」

「………っ」






 不意打ち。






 ここでまさか直で言われるとは思ってなくて、身体が一瞬でぎゅって、縮こまった。






 そして、記憶。



 記憶の洪水。






 その意味が、もし。もし、だよ。






 身体を這い回る手や口。



 絡みつく腕、脚。



 荒い息。ねっとりとした肌。



 穿たれ、走る、屈辱と。






 ………痛み。






 もしも天ちゃんが言うように、鴉の気持ちが『恋愛』にカテゴリーされてるものなら。だとしたら。



 僕が今の一瞬で瞬間で思い出したソレを含んだ意味であるなら。だとしたら。僕は。



 僕は。






「大丈夫。それだけだ」






 鴉。






 その声は、さっきにも増して優しい優しい優しい声だった。






 伝わったのかもしれない。



 僕の恐怖が。思い出したアレが。






 ふわん。ふわん。






 撫でられる髪。



 あったかくて大きい手。






 それだけだって。



 それだけって。何。






 鴉。






 ふわん。



 ふわん。






 溢れた涙は、しばらく止まらなかった。

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