鴉 129

「光、そろそろ起きろ」






 天狗が仕事に行く準備しなきゃ〜って部屋に戻って行った。



 持って帰って来た俺に直せない小さい鳥居は、明日やってみるねって。



 鴉の勉強もとりあえず明日からねって。



 それだけ言って、にって笑って。






 俺にできること。



 何もできない俺が、人の社会で存在さえしてない俺が、俺でできること。






 天狗が言うんだからあるんだろう。天狗の言う通り、知らないことを知っていけばいいんだろう。






 でも少し、本当に?って不安もあった。






 名前さえない俺が、人の社会に戻って行く光に。






 光を見て、それ以上考えることをやめた。






 どうしたいんだ。






 それがすべてだ。






「光、夜寝れなくなる」






 1時間も寝てないとは思うけど、1時間近くは寝てる。



 うちは絵に描いたような早寝早起きだから、いくら疲れてるとはいえ、これ以上寝るといつもの時間に寝れなくなる。






 寒かったのか、光が頭からすっぽりと被ってる夏掛け布団を、ひょいって俺はめくろうとした。



 ごく普通に。



 ただ、光を起こそうと。






 そしたら光がぎゅって、力いっぱい布団を握りしめてた。



 まるで俺が布団をめくろうとしたのが、分かってたみたいに。






 中途半端にめくれた夏掛けに、光は顔を埋めてた。






「光?」

「まだ寝るのっ」






 これ、寝起きじゃ、ない。






 声を聞いてそう思った。






 寝てたならこんな反射速度でこんな力いっぱい布団をつかむなんてできない。



 寝起きならこんなにはっきりした声じゃない。



 寝起きの光はもっと緩慢だ。何なら布団をめくっても起きない。






 起きてたのか?






 聞いてたのか?






 いつから?



 どこから?






 ………聞いたのか。聞いてたのか。






 予想外のことに、どうしようか一瞬悩んだ。






 聞かせるつもりはなかった。光に言うつもりも特になかった。



 ただ俺が勝手に思ってることだから。






 でも、本当のこと、俺が思ってること、であって、光にそれが伝わったからどうということでもない。だって事実なんだから。






 ぐす。






 光が鼻水をすすった。






「………何で泣く?」






 俺はめくろうとしてた夏掛けを離して、夏掛けから少しだけ出てる光の髪に触れた。






「………泣いてない」






 答える声が、分かりやすく震えてる。






 それを見て、かわいいなあしか出てこないって、俺は自分が思うより光に重症なのかもしれない。



 無意識にやきもちとか、光に抱きつかれて顔が赤くなるとか、光の笑った顔に鼻血とかもそうか。






 本当、思った以上だ。






 光。






 俺が拾った小さいの。



 俺が初めて出会った人間。






 もし、ここに居るのが光じゃなかったら、俺は光じゃないやつに同じ気持ちを抱くのか。






 そうかもしれないし。



 そうじゃないかもしれない。






 そんなことは分からない。誰にも。俺にも。






 ただ、今ここには光がいて。



 俺は。






「光と居ると、光と居たいと思う」

「………っ」






 天狗に言ったことをそのまま言った。光に。



 その瞬間光はびくって身体を強張らせた。






 俺には分からない。



 でも、俺にも分かる。



 光が学校、高校ってとこでされたこと。その意味。






 黒い髪を撫でた。






「大丈夫。それだけだ」






 ぐす。






 光はしばらく、夏掛けに埋もれて泣いていた。

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