鴉 128

 恋。






 恋しちゃった?って。






 天狗に聞かれて心臓が異常な動きをした。






 飛び跳ねて、そのままどくどく。



 体温も上がって、汗が滲んだ。






 言葉は知ってる。



 どういうものかも一応知ってる。



 昔テレビで観た。






 けどそれは男女間のもので、光は男。



 その言葉が俺と光で成立するのか?






 俺は、天狗の言う『恋』ってのが、どんな気持ちでどんな感情か知らない。



 俺が知ってるのは天狗で、天狗に対する気持ちで感情だけ。



 ずっとそれだけで、それだけだった俺の世界に急に入り込んだ光は。






 光、には。






 色んな気持ちが、俺にもあると。



 俺は光で、初めて知った。






 だからなのか。言えなかった。違う、とは。






「………光と居ると」

「ぴかるんと居ると?」

「………光と居ると、光と居たいと思う」






 光が困ってるなら手を貸したい。



 俺にできることならしてやりたい。



 俺が知ってることなら教えてやりたい。



 できなかったことができるようになったら嬉しい。



 くるくる変わる顔を見たい。



 俺の横で、近くで、こうやって安心してるとこを見たい。



 その安心を俺がここで。ここに居て、光の横で。






「うん。それは素敵な気持ちだね」






 ソファーの向こう側から天狗の手が伸びてきて、俺の頭の上に乗った。






「………でもそれがどんな名前の気持ちかは、俺には分からない」






 俺は光のことが好きなのか?






 疑問に思って光に聞いて怒られた。






 嫌いじゃない。そんなのは当たり前。



 だから好き。って、そんな単純でもない。



 天狗に対する気持ちとも違う。全然違うし、責任もある。俺が拾った責任。







「うん、大丈夫。それでいいんだよ、鴉は」






 天狗の言葉に、俺はうんって頷いた。



 天狗がそう言うんならいいんだ。天狗が言うんなら、大丈夫。






「何かしたいことある?」

「したいこと?」

「ぴかるんのために」






 光の。






 俺には何もできないって、思ってた。



 神社をキレイにしたいって言った光に、道具を揃えてやることさえ俺にはできなかった。俺はこの山からおりたことがなくて、何かを買うお金を持ってないから。



 自分ができることやる、知ってることを教える。それはできても、それ以外は何も。






「………俺にできること、なんか」






 ないよって言葉が、本当にないから言うのがイヤだった。悔しかった。何かに負けたみたいで。






「あるよ。いっぱいある」

「………」

「鴉はね、知らないだけ。知っていけばいくらでもある。多分びっくりするぐらいいっぱい」






 天狗はウソを言わない。



 天狗は俺にできることしか言わない。



 今までずっとそうだった。






 そうだった天狗が、そう言ってる。



 俺にできることが、光のためにできることがあるって。






 俺は後ろに居る天狗を肩越しに見た。






 まだ俺の頭に手を乗せてる天狗が、ん?って笑ってる。






「俺に何が、できる?」

「知りたい?」

「知りたい」






 間髪入れずの即答。






 ソファーで寝る光が視界に入った。






 俺が拾った小さいの。



 初めて見た、出会った人間。



 悲しいにおいが消えない、悲しい、小さい。近いいつか、ここを出て行く。






「鴉はぴかるんのこと、めちゃくちゃ大好きだね」

「………」






 うんうん、良き良き。






 天狗は笑って、じゃあこれから色々勉強だーって、俺の頭に乗ってた手を上に突き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る