光 127

 上着の袖が鴉の血で変色していく。






 血が垂れないようにってだと思う。咄嗟に鴉が上を向こうとしてたのを見て、身体が勝手に動いちゃったんだよ。



 袖で鼻を覆うようにして鼻の上の方をおさえて、後頭部をぐいって。



 背が高いからちょっとアレなんだけど。






「上向かないで。このままうちに入ろ。歩ける?」






 歩けないんだったら天ちゃんにおんぶでも抱っこでもしてもらおう。



 僕には絶対できないけど、天ちゃんは鴉より大きいし、しかも天狗な天ちゃんだから絶対できる。






 僕を軽々持ち上げる鴉を軽々持ち上げる天ちゃんの図。



 うん、それはそれで見てみたい。






 なんて思ってたのに、鴉はごく普通にスタスタ歩いた。



 一応、頭と鼻をおさえてる僕に気を使ってか、ちょっと前屈みになりながら。






 その気遣いが微妙にかなしい。






 家に入ってソファーに座ろって座って、すぐ後ろからついて来てた天ちゃんにティッシュとゴミ袋を取ってもらって、ティッシュを何枚か鴉に渡した。



 そして、ここだよっておさえるところを教えてから僕は手を離した。






「暑かった?」






 何で鼻血?って思って、聞いてみた。



 暑くて鼻血出たのかなって。のぼせ的な。






 僕がわりとそんな感じだったから。って言っても小さい頃だけど。



 鴉はじっと鼻をおさえてて、うーん?って考えてるみたいに見えた。






「ぴかるん、ありがと〜。ちょ〜かっこよかったよ〜?ごめんね、天ちゃん鼻血はお初でどうしていいか分かんなかった〜」






 お初。



 ってことは初めてなんだ。



 じゃあ、珍しく天ちゃんが焦ってたのも、鴉が咄嗟に上を向こうとしてたのもなるほど、だ。






「僕小さい頃しょっちゅう鼻血出してたからさ」

「そうなんだ〜?ああ、びっくりした〜」

「うん。急だからびっくりするよね」






 急だったから僕もちょっと焦って、思わず服の袖でおさえちゃったし。






 袖口についた鴉の血に、洗って取れるかなあって上着を脱いだ。






 せっかく天ちゃんが買ってきてくれたやつ。



 着るの、今日が初めてだったやつ。






「天ちゃん。せっかく買ってくれた服、汚しちゃってごめんなさい」

「そんなの〜。洗えば落ちると思うからいいって全然。っていうか本当ありがとだよ〜?ぴかるん。あ、それちょっと貸して」






 鼻血が止まったら洗おうと思ってくるくる丸めた上着を、手を出す天ちゃんに渡した。ごめんなさいってもう一回言いながら。



 それを天ちゃんはまた広げて、血の部分を見て。






「で、どうした?鴉」






 おとなしくティッシュで鼻を鴉をおさえてる鴉に、天ちゃんは真顔だった。






 初めてじゃあ、どうしたって聞かれてもね?






「暑いと出たりするよ?のぼせたりとか。けど、外そんな暑くなかったよね?暑かった?」

「………いや」

「鼻を強くぶつけたとかこすったりもしてないよね?」

「………してない」

「じゃあ何だろう」






 ってね。



 分かんないことを分かんないのに考えてもさ。



 次また出たらこれかな?って原因が分かるかもだし。






 そろそろちょっとはいいかな?って、僕は持ってたティッシュの箱を脚の上に置いて、鼻をおさえてる鴉の手を退けた。






 たらり。






 垂れる血。






「わ、まだだ」






 慌ててまた鴉の手で蓋をして、新しいティッシュを渡した。



 いつも鴉にお世話されてる僕が鴉のお世話をしてるのを、鴉がじっと、見てる気がした。






 少しして、鴉の鼻血は止まった。



 その間に天ちゃんが上着を洗ってくれた。取れたからね〜って。



 鴉もありがとうってぼそっと言ってくれた。



 そのありがとうが、笑って言うありがとうで、笑い方が1ミリじゃなくて1センチぐらいの笑い方で、僕の心臓がびっくりしてどっきんってなった。






 イケメンがにっこりしたらイケメン度増して心臓に悪いに決まってる。






「風呂準備するから、着替え持ってきとけ」

「お風呂?」

「汗かいてた。冷えたら風邪ひく」






 1センチの笑みは1秒で消えて、そのかわりぽんぽんって、頭に大きい手が乗った。











 あれ、ぴかるんは?






 って、聞こえた気がした。






 ああ僕寝てるなあっていう認識はあった。



 鴉だと思うんだけど、布団をかけてくれたのを知ってる。






 寒くて知らない間にぎゅって縮こまってた身体が、ふうってなった。



 それからすぐそこに、ふわんって。






 鴉の体温とにおい。



 僕と同じシャンプーとボディーソープのにおいが、すぐ近くでしたのも分かった。






 かーくんときーちゃんは、僕たちがばたばたしてたからそれぞれどこかに行って居ない。



 廊下から外を見たけど居なかった。






 お風呂に入ってさっぱりして、身体がほかほか。



 ひとり静かな居間のソファーでいつの間にか撃沈して、それで。






 鴉が居る。



 だから寝ていいんだって、安心。



 僕はそこから本格的に眠りに落ちた。






 のが、天ちゃんの声で意識急上昇。



 けど目が開かない。






 自分で言うけど今日ちょっと頑張ったから。



 帰り道歩きだったし。






「かわいいねぇ」






 ぼそぼそって声の後に、そうわりとはっきり聞こえて、またかわいい扱いだよって、ちょっとむっとする。






 いいんだけどさ。



 いいんだけどさ。






 いいんだけど、これだけは言いたい。






 かわいいは男への褒め言葉じゃない。






 文句言っちゃおうかななんてちょっと思った僕は、次の言葉に寝たふり続行を決めた。






「ぴかるんに恋しちゃった?鴉」






 どっきん。






 心臓が、大きく大きく、飛び上がった。

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