鴉 127
「暑かった?」
居間のソファーに座ってティッシュで鼻を押さえてる俺の横に、ボックスティッシュとゴミ袋を持ってちょこんって座ってるのは光。
すぐ止まると思うから大丈夫だよって。
今まで俺は、鼻血とは縁がなかった。
だから天狗はかなり焦ってわーわー騒いだ。鼻血ってどうするんだっけ?って。
その横で、光がめちゃくちゃ冷静にくいって上を向こうとしてた俺の後頭部に手をかけて、反対の手で鼻の上の方を押さえた。
着てた長袖の袖口が、俺の鼻血で汚れた。
『上向かないで。このままうちに入ろ。歩ける?』
光に頭と鼻をおさえられてて歩きづらいのはあったけど、俺は普通に歩いて家の中に入った。
そしてずっと袖口で俺の鼻を押さえてる光にソファーに座らされた。
『天ちゃん、ティッシュ取って下さい』
『ティッシュ‼︎ティッシュ、はいっ』
『ゴミ袋も欲しいです』
『ゴミ袋‼︎ゴミ袋、はいっ』
『ありがとう』
俺はてきぱき天狗に指示する光にされるがままで、現在に至る。
冷静すぎる光がいつもとは別人に見えた。
「ぴかるん、ありがと〜。ちょ〜かっこよかったよ〜?ごめんね、天ちゃん鼻血はお初でどうしていいか分かんなかった〜」
「僕小さい頃しょっちゅう鼻血出してたからさ」
「そうなんだ〜?ああ、びっくりした〜」
「うん。急だからびっくりするよね」
びっくりするよねって言いながら、光がびっくりしてるようには、全然見えなかった。
意外な一面、とでも言うのか。
いつも天狗とぎゃあぎゃあやってるから。
光は俺が拾った小さいのだから、俺が面倒見ないとってずっと思ってそうしてきたけど。
光は、俺が思うより。
「天ちゃん。せっかく買ってくれた服、汚しちゃってごめんなさい」
「そんなの〜。洗えば落ちると思うからいいって全然。っていうか本当ありがとだよ〜?ぴかるん」
服貸してって言う天狗に、もう一回ごめんなさいって謝りながら、光は天狗に上着を渡した。
それを受け取って、袖口の血を改めて見て。
「で、どうした?鴉」
結構な量にも見えて、改めてびっくりしたのかもしれない。天狗が。
ただ、どうしたって、聞かれても。
そんなの、俺が聞きたい。俺、どうした?
俺は見てただけだ。光を。笑う光を。
天狗に『うちの子たち』って言われて、照れ臭そうに、嬉しそうに笑う光を。
そしたら。
………そしたら。
「暑いと出たりするよ?のぼせたりとか。けど、外そんな暑くなかったよね?暑かった?」
「………いや」
「鼻を強くぶつけたとかこすったりもしてないよね?」
「………してない」
「じゃあ何だろう」
暑かったりのぼせたりって光の解説を聞いて、あの時、確かに一気に体温上がったなって、思った。光を見て。
カラスが全力で鳴いたあの瞬間。
天狗が情け無い声で光を呼んだとき。
気狐は位置的に見えてなかったから何もだったけど、見えてたら。
そんな顔だった。そんな笑った顔。
そんなって、つまり、目も心も持ってかれるみたいな。
お前その顔は絶対ダメだって、っていう。
そうか。俺は。
光のあの瞬間の笑った顔に、鼻血を出したのか。
「そろそろ止まった?」
ボックスティッシュを膝の上に乗せて、光が鼻をおさえてる俺の手を退けた。
近い位置。
目の前が光。
「わ、まだだ」
………今日は光を見てる限り出続けそうな気がする。
って思った自分に、さすがに俺は自分で引いた。
「あれ?ぴかるんは?」
「ここ」
無事俺の鼻血は止まって、光を風呂に入らせて、俺は汗と鼻血だけ流そうとシャワーを浴びて、出てきたら光がソファーで寝てた。
せっかく風呂入ってさっぱりしてあったまったのに、ここで寝たら冷えて風邪ひくだろ。
起こそうと思って、やめた。
ソファーに小さく横向きになって、よく寝てたから。
光の部屋からしまった夏掛けを持ってきて、半分に折って掛けてやった。
俺はソファーを背もたれにして床に座って、その寝息を聞いてた。
「疲れちゃったか」
天狗がひょいって光を覗いて、かわいいねぇって笑った。
「………」
天狗に他意はない。
かわいいと思ったから言っただけ。
………そう、思ったから言っただけ。
だけど。
なのに。
「ぴかるんに恋しちゃった?鴉」
「………」
ふふふって笑う天狗に、俺は何も言えなかった。
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