光 126

 鴉は基本喋らない。



 僕もそこまで喋る方じゃない。



 天狗山に来てからは、すごい喋ってると思うけど、それって天ちゃんが『ああ』だからなだけ。………だと思う。






 だから基本黙々。鴉とふたりだと黙々。



 黙々なふたりで黙々とキレイにした小さな鳥居を、元の場所に戻した。






 動いてるうちに汗が出てきて、僕は途中で上着を脱いで腰に巻いた。



 鴉は半袖のTシャツを肩までめくり上げてて、腕の筋肉がまたむっとするぐらいムキムキしててむっとした。






 神さまは不公平だ。






 鴉を見るたびに思う。






 僕もあと何年かしたらそうなる?なれる?






 母さんは美人と評判だった。



 父さんは………普通。



 ふたりとも特に背が高いとかはなかった。平均か平均いかないぐらいか。






 ってことは、どんなに頑張っても僕は鴉みたいには。






 神さまは絶対に絶対に、不公平すぎる。






 汗が垂れてきたらしく、鴉が腕でその汗を拭った。






 木漏れ日の下。



 ちょっとキラキラしてるそこでのそんな姿は、どきんって、心臓がびっくりするぐらい。






 ………カッコよかった。






 ああもう。






 むっとしたりどきんってしたり。



 鴉に対しての僕の感情はめちゃくちゃ忙しい。



 忙しくて、思うんだよ。






 この山をおりて終わりは、イヤだなって。






 それは鴉に対してだけじゃなくて、天ちゃんにもかーくんにもいっちゃんにもきーちゃんにもまーちゃんにも思うけど。






 一番思うのは。



 一番に、思うのは。






 ………何で鴉なんだろう。






 僕には僕の気持ちが、分かんなかった。






 きっと一番、一緒に居る時間が長いから。



 そうでしょ?



 そうだよ。






「水分摂れ。また倒れる」

「あ、うん。………ありがと」






 そんなことを考えてちょっとぼけっとして手を止めてたら、いつの間にか来てた鴉に横からにゅって水筒を渡された。






 腕、キレイだなって、思った。











 まだ小さい鳥居の方だけとはいえ、今日の作業ですっごいキレイになって、僕はちょっとうきうきしてた。



 いつもより時間がかかりすぎて棘岩には行けなかったけど、慣れないことをいっぱいして疲れてるはずの帰り道の足取りも、僕的に軽かった。






 肩に乗ってるかーくんのすりすり攻撃がくすぐったくてかわいい。



 すぐ横を歩くきーちゃんの白いふっさふさのしっぽも足にくすぐったくてかわいい。






「寒くないか?」

「うん、大丈夫」






 歩きの帰り道。



 鴉と喋ったのはそれだけ。






 葉っぱを踏んで歩く足音。



 セミの鳴き声。



 木が揺れる音。






 鴉が1ミリ、笑ってるように見えた。











「おっかえり〜」






 木を抜けて家の前に出たら、天ちゃんが外に居て手を振ってくれた。






「ただいま、天ちゃん」






 これだけ満面の笑みで、これだけおかえりって言われたら、家に帰るってことがすごく楽しみになるよね。



 天ちゃんのおかえりはそういうおかえり。






「ただいま。ありがとう」






 指笛で呼ばれたカラスみたいに真っ直ぐ天ちゃんの方に行ってぼそっと鴉が言ったのが聞こえた。






 ありがとう?



 何で?






 不思議に思ったそれは、洗濯物と布団だ。多分。






「いいからいいから。大丈夫大丈夫。お疲れさまお疲れさま」






 天ちゃんは満面笑みったまま、鴉の頭をぽんぽん撫でた。






 いつも僕を小さいの扱いしてる大きい鴉も、天ちゃんの前じゃ大きくない。



 大人しく撫でられてる鴉が微妙に嬉しそうでちょっとかわいい。






「畳むのは僕やるね、天ちゃん」

「ん?うん。ありがと〜、ぴかるん」






 鴉をぽんぽんしてた天ちゃんの大きい手が、今度は僕の頭に乗った。ぽんぽんぽんぽんって。



 そして天ちゃんは言った。






「うちの子たちってほんっといい子たちだよねぇ」






 って。






「え?」

「ん?」






 思わず、聞き返した。



 聞き間違い?って思って。






 だって今。



 だって天ちゃん。






『うちの子たち』って。






 やっぱり聞き間違い?



 鴉は確かに天ちゃんにとって『うちの子』。でも僕は。






「うちの子たち?」

「そ。うちの子たち」






 うわ。






 違った。違わなかった。



 聞き間違いじゃなかった。



 本当に言ってた。言ってくれてた。






『うちの子たち』って。天ちゃんが。






 うちの子たち。



 うちの子たち。






 僕も。鴉と一緒の。天ちゃんの。






 くすぐったくて嬉しくて泣きそうで、その気持ちのまま僕はえへって天ちゃんを見上げて笑った。






 そしたら何でかかーくんが肩のところで全力でカアアアアアッて鳴いて、天ちゃんがぴかるん〜って今まで聞いたことない、力の抜ける声で僕を呼んで、鴉は。






 鴉が一番、分かんなかった。






 鴉、何で鼻血なんか出たの?






 わあわあ慌てふためく天ちゃんに、大丈夫だよって僕は上着の袖で鴉の鼻をおさえた。

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