鴉 126

 ペンキがかわいた小さい鳥居を元の場所に戻していった。



 この鳥居がここにいくつもある理由が、多分あるんだと思う。俺たちが知り得ない理由が何か。






 ごめん。






 すべて元通りに、は、無理だ。できない。



 でも、今までの状態よりキレイに、なら、できるから。






 とりあえず俺と光だけでキレイにした分を全部戻して、改めて一帯を見た。






「全然違うねっ」

「だな」






 目を輝かせるって、こんな感じか。






 光は嬉しそうに並ぶ小さい鳥居を見て言ってから、俺と光の間に座る気狐の目線に合わせるようにしゃがんで、どう?って聞いた。






 気狐はきゅうって鳴いて、光の手に顔を寄せた。



 そして、俺にも。






 ありがとうって、聞こえた気がした。






 鳥居を埋めるのに手こずって、棘岩に寄る時間がなくなって、その日はそのままひとつ目とネコマタと別れて帰った。






「寒くないか?」

「うん、大丈夫」






 山の夏は短い。






 ほんの少し太陽が傾くだけで、一気に気温が下がっていく。



 汗をかいた後なだけに、小さい光が心配になる。






 帰ったら風呂の準備をしてやろう。






 肩にとまるカラスにしきりに頬擦りをされてる光を横目で見ながら、いつも通りほぼ無言で家に帰った。











「おっかえり〜」

「ただいま、天ちゃん」

「ただいま。ありがとう」






 帰ったら天狗が外に居た。



 干してた布団と洗濯物を取り込んでくれてた。



 別にこれが俺の仕事って言われたわけじゃないけど、俺の中では俺の仕事で。






「いいからいいから。大丈夫大丈夫。お疲れさまお疲れさま」






 ぽんぽんぽんぽん。



 洗濯カゴを片手に、天狗が俺の頭を撫でた。






「畳むのは僕やるね、天ちゃん」

「ん?うん。ありがと〜、ぴかるん」






 ぽんぽんぽんぽん。



 今度は光に。






「うちの子たちってほんっといい子たちだよねぇ」

「え?」

「ん?」






 光がえ?って言ったのは、多分うちの子『たち』って言葉に。



 俺もなったから。え?って。そしてうわって。






 俺には親が居ない。



 けど、俺には天狗が居て、俺には。






 天狗の手を頭に乗せたまま、光は天狗を見上げた。






「うちの子『たち』?」

「そ。うちの子たち」






 聞く光に、肯定する天狗。






 えへ。






 照れたように笑った光に、カアアアアアッてカラスが全力で鳴いて、天狗はぴかるん〜って情け無い声で光の名を口にして、俺は。






 俺は。






「鴉⁉︎鼻‼︎鼻血‼︎」






 俺は、文字通り生まれて初めて、鼻血を出した。

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