鴉 125

 山の夏は短い。






 太陽の光はまだ強くて、日向に居ればもちろん暑い。動いてたら暑い。セミもまだまだうるさい。



 けど、神社があるここは木々に覆われていてわりと涼しい上に風がよく抜けてく。



 かいた汗をそのままにしておくと一気に体温が奪われていく。






 少し離れたところに光と気狐が並んで座ってて、俺は弁当後お茶を飲みながらそれを見てた。






 気狐。



 日に日にキレイになっていく神社と周辺を、いつも座ってじっと見ている白い妖の狐。






 その姿が寂しそうに見えるのは、気のせいではきっとない。



 光や他の小さいのにもそれが分かるのか、ここに来ると光はいつもより気狐を気にかけてて、いつも光にべったりなカラスもひとつ目も、ここに居るときはいつもよりべったりじゃない。






 カラスは居ない。偵察中か。



 ひとつ目はどこだ?ってあたりを見渡したら、狐の像のところにいた。



 気狐っぽい狐と、気狐より体格のいい狐の像。






 その、気狐っぽい狐の像の足を、ひとつ目はよく撫でていた。まわりに蝶をひらひらさせながら。



 今も多分そう。






 ネコマタは今日もデカい身体を丸めて寝てる。






 今日は光の散髪が終わってから弁当を持ってここに来てて、天狗に買って来てもらった赤いペンキで小さい鳥居の色を塗った。






 まず最初に鳥居を全部引っこ抜いて、土や泥を落として、壊れてるものは直した。



 俺たちに直せなくても天狗に直せるものがあるかもしれないから、そういうのは一旦持って帰るためにビニール袋に入れた。



 それから色を塗って、乾かしてる間に弁当を食べた。



 乾いたやつから戻したら、今日の作業は終わりだ。






 改めて見渡すそこ。



 見違えるほどキレイになったそこ。






 ひゅう。






 風が吹いて、体温が下がる。






 光に何か着せないと。






 水筒を置いて、持って来ていた薄い上着を鞄から出した。






「光」

「ん?あ、ありがと」






 側まで行って差し出した上着を、光は素直に受け取って、素直に着た。



 ちょうど身体が冷え始めた頃だったのか、風邪をひいて病院って言われるのがイヤなのか、その両方か。






「あ、あの、鴉」

「………?」






 天狗が切って、短くなった髪。



 切る前と後で洗ったから、今日は寝癖が全然ないな、なんて思いながら座った位置から俺を見上げる光を見下ろしてた。



 そしたら光が立ち上がって。






「………朝は、ありがと」

「………朝?」






 俺、光に礼を言われるようなことしたか?






 分からなくて、何のことだ?って聞いた。






「髪切ったとき、天ちゃんが近いって思ってたの分かったんだよね?」






 ああ、あれか。






 天狗と光がぎゃあぎゃあやってたとき。



 動けないみのむしの光が、天狗に顔を詰められてて、それを俺が。






 言うだけ言って視線を落とした光に、俺はわざと顔を近づけた。ひょいって、少し身体を屈めて。






 光は特にびっくりした様子もイヤがるような、逃げるような素振りも見せることなく何?って首を傾げた。






 ほら、この距離。



 天狗とは無理なのに、俺は平気。






「鴉?」

「髪、いいな」

「へ⁉︎」

「光は元々整った顔をしてるけど、髪がそれぐらいだともっと整って見える」

「………っ」






 嘘じゃない。



 俺は嘘は言わない。言う必要もないし。






 俺がそんなことを言うとは思ってなかったのか、近い顔の位置にはびっくりしなかったのに、今は黒すぎて濡れて見える目がこれでもかってぐらいに見開かれてる。



 そして急速に、顔全体が赤くなっていく。






「………なっ…なっ…なっ」

「ん?」

「何言ってんの、鴉っ」

「いつも思ってることを言ってる」

「………っ」

「光はキレイな顔をしてる。俺は好きだ」






 それだけ言って、ぽんぽんっていつものように頭を撫でた。



 光は口をぱくぱくするだけで、言葉が出てこない。






 そんなに驚くことでもないだろ。



 いつも思ってることを言った。それだけのことに。






「ん?」

「鴉って」

「うん」

「鴉って」

「うん」

「鴉って、タラシだ………」

「タラシ?」

「しかも天然」

「天然?」

「しかも通じてない」

「………?」






 光は何を言ってるのか。






 はあああってわざとらしくため息を吐く光の頭を、そろそろやるぞってもう一回撫でた。






「………そういうとこだって」

「………?」






 ジロって睨むみたいに俺を見上げる光の顔が、やっぱり赤かった。

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