光 124

 いつものように朝起きて鏡チェックして、変わらない自分の姿に、いつも通り安心と不安を感じながら部屋を出た。






 安心はまだここに居られるって安心。



 不安は最後の首の矢が、まったく抜ける気配も自信もないって不安。






 どうやったら抜けるのかさえ、僕にはさっぱり分かんない。






 今までの2本だって分かんなかったけど、今までの2本はわりとスムーズだった。



 なのにあと1本になってからの足踏み状態は長い。






 ぐずぐずしてたらまた増えるんじゃないの?



 けど抜けないなら抜けないでここに居られる。居る口実になる。



 なるけど矢が増える可能性も増える。






 僕はどうしたいんだろう。






 出せる答えなんかどこにもない。見つからない。



 だからなのかな。ムキになって神社に行ってるのは。






 廊下の空気がひんやりしてて、僕はさむって長袖に手を引っ込めた。






 台所で天ちゃんと鴉に挨拶をしたら、ぴかるん今日髪の毛きろーって天ちゃんに言われた。



 うん、お願いしますって僕は答えた。











「鴉〜、ど〜お〜?」






 庭でやる天ちゃんの散髪は15分ぐらいで終わった。



 こんな感じだよーって見せられた大きめの鏡。うつる僕。






 前にも思った。



 いつも行ってた駅前の早くて安い床屋さんよりうまい気がする。






 そのときちょうど廊下に鴉が出てきて天ちゃんが聞いて、鴉が僕を見た。






 どうって聞かれても困るんじゃない?



 鴉は特に。鴉は必要なこと以外あんまり喋らないし。






 あ。






 ………笑った。






 多分だけど。



 ほんのちょびっとだけど。



 1ミリぐらいだけど。






 基本鴉は無表情で無愛想。



 でもよくよく見てるとミリ単位の変化はあって、ミリ単位では表情豊か。



 ミリ単位だからほぼ無表情だから、それを表情豊かって言うのは変だけどね。



 しかも庭と廊下で距離があるから、全然ミリ単位でも何でもないし。






 うん。悪くないんだな。






 勝手に鴉の顔から読み取って、良かった、なんてひとりで思ってたら。



 なかなか答えない鴉に天ちゃんが。






「かわいくなったでしょー?」






 って。






「ちょっと天ちゃん‼︎かわいいってやめてよ‼︎」

「えー?かわいいって最高の褒め言葉じゃーん。ほら、ぴかるん超かわいい〜。ね〜?」






 昔からそれはよく言われてた。本当よく言われてた。






『かわいい』。






 僕は母さん似の女顔。



 女の子に間違われた回数は記憶にある限りでも相当。



 最終的にこの顔が原因で、高校の先輩複数人からによる事件が起こるまでとなった。






 つまり何が言いたいって。






 母さんに似てるこの顔がコンプレックでありトラウマな僕にとって、かわいいって言葉は全然褒め言葉なんかじゃないってこと。






 聞くなら上手でしょ?とか似合ってる?とかの聞き方にして欲しい。






 っていう僕の思いなんて天ちゃんは知らないからね。言ってないし。だから仕方ないよね。






 天ちゃんの『ね〜?』に切った髪の毛がかからないよう、ちょっと離れたところに居たかーくんが全力でカアアアアアッて返事をした。その声にだいぶかき消されたきーちゃんのきゅうって声も。






「ほら〜、カラスも気狐ちゃんもそうだって〜。かわいいって〜」






 いつまでも返事をしない鴉に天ちゃんはさらに言った。






「え〜、ちょっと〜、何で無反応なの鴉ぅ〜。もうちょっと何かリアクションしてよ〜」






 催促。






 天ちゃんには分かんなかったらしい。鴉が1ミリ笑ったの。



 まあ僕も、本当に笑ったかどうかの自信は、正直あんまり。






「え?ちゃんとしてたよ?」






 あんまりなのに言っちゃって、言っちゃってからしまったと思った。






「はい⁉︎ちょっと⁉︎ぴかるん⁉︎」

「へ?」

「天ちゃんにもしたかどうか微妙に見えた今の超絶うっすいうっすい鴉のリアクションが分かったの⁉︎ぴかるんには分かったの⁉︎」

「え⁉︎あ、う、うん。たっ…多分だけどっ………」

「まーじーでー⁉︎ちょっと何それ⁉︎何なのぴかるん‼︎そんなのもう完全に鴉マスターじゃん‼︎いつの間に‼︎」

「かっ、鴉マスター⁉︎なっ、何それっ」

「で⁉︎どんなだった⁉︎どんなだった⁉︎」

「えええ⁉︎ど、どんなって………」






 僕は今、床屋さんスタイルな状態。






 服や身体に髪の毛がつかないようにって、タオルとビニールの何て名前か知らないやつを着てて、太い丸太にクッションを置いた簡易椅子に座ってる。



 そんな状態なのに、質問をまくし立てる天ちゃんが、距離を詰めてくる。






 天ちゃんは絶対に僕に『あんなこと』はしない。






 ただ少し。距離の詰め方が。






 タイミングが悪かった。



 思い出してたところに。



 逃げ場がないところに。






 変な汗。



 変などきどき。






 ………こわい。






 終わらない、永遠に続くかと思った地獄のアレ。



 見えてたもの、聞こえてたこと、感触。






 ふつふつってそれらがよみがえって、イヤってなってた、そのときだった。






「似合ってる。かわいい」






 鴉の、低い低い、ぼそっとした一言。






「えええええっ⁉︎」

「は⁉︎ちょっと鴉‼︎何言ってんの⁉︎」






 あ。






 叫んでから気づいた。






 これって。



 これって。






 助け船って、やつだ。






 鴉の、多分の思惑通り、天ちゃんの顔が僕から離れた。






 あ。






 笑ってる。また。



 ほんの1ミリ。






 どきんって、僕の心臓がそんな鴉に反応した。

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