鴉 124

「鴉〜、ど〜お〜?」






 いつもだいたい10時ぐらいに出発してた。神社に。



 だからそれに合わせて弁当を作って家事をする。






 今日は天狗が光の髪を切るって言ってたから、いつもは光と手分けをしてやるそれをひとりでやってた。



 だからと言っても、元々ひとりでやってたことだし、散らかすのが誰も居ないうちだけに、時間に余裕がなくなるほど大変なことでもない。






 今日は天気もいいし、空を見る限り雨の心配もなさそうだから布団でも干すかって廊下に出たところで庭から呼ばれた。聞かれた。天狗に。






 髪の毛は外で切る。天狗が切る。



 俺も1ヶ月に1回、切ってもらってる。もうずっと小さい頃から。






 青いシートを敷いて、その上に椅子のかわりの丸太を置いて、バスタオルと髪の毛を切るとき用のシートみたいなやつでみのむし、もしくはてるてる坊主。



 まさに今光がそう。手足が出ていない光が、天狗の横にちょこんって座ってる。






「かわいくなったでしょー?」

「ちょっと天ちゃん‼︎かわいいってやめてよ‼︎」

「えー?かわいいって最高の褒め言葉じゃーん。ほら、ぴかるん超かわいい〜。ね〜?」






 最後の『ね〜?』は誰に向けてなのか。






 カアアアアアッ………て、いつもの如く光の側にくっついて歩くカラスが、外だから全力で返事をして山一帯に響いた。



 その鳴き声に反応して、あっちからもこっちからもカラスの鳴き声。



 何なら声につられて集まって来始めた。






 布団、干そうと思ったんだけど。






 ………今は危険か。フンを落とされるか。







 カラスは天狗山カラスのボスカラスの上にやたら賢い。おかしいぐらい賢い。



 けど、他のカラスは普通のカラスで。






 布団はこのカラスたちが解散したらにしよう。






「ほら〜、カラスも気狐ちゃんもそうだって〜。かわいいって〜」






 どうやら気狐も返事をしたらしい。






 カラスを筆頭にカラスたちの声にかき消されて、俺にはまったく聞こえなかった。






 ここから見える光。



 こっちをちらって見た光。






 数センチ短くなっただけと言えば、それだけでは、ある。






「え〜、ちょっと〜、何で無反応なの鴉ぅ〜。もうちょっと何かリアクションしてよ〜」

「え?ちゃんとしてたよ?」

「はい⁉︎ちょっと⁉︎ぴかるん⁉︎」

「へ?」

「天ちゃんにもしたかどうか微妙に見えた今の超絶うっすいうっすい鴉のリアクションが分かったの⁉︎ぴかるんには分かったの⁉︎」

「え⁉︎あ、う、うん。たっ…多分だけどっ………」

「まーじーでー⁉︎ちょっと何それ⁉︎何なのぴかるん‼︎そんなのもう完全に鴉マスターじゃん‼︎いつの間に‼︎」

「かっ、鴉マスター⁉︎なっ、何それっ」

「で⁉︎どんなだった⁉︎どんなだった⁉︎」

「えええ⁉︎ど、どんなって………」

「………」






 ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。






 いつものことではあるけど、いつもと違うのは、天狗からの顔の距離を詰められながらぐいぐい質問。



 身動きの取れない光が顔をちょっとそらしながら、困ってた。






 光は少し、距離を取りたがる。



 最初はもっと取ってた。



 近づくと下がってた。



 来ないでって言うみたいに。



 今はそこまでじゃなくなった。近くなった。






 けど、あの距離。






 俺とは平気な距離だな。



 俺となら普通に視線を合わせる距離だ。






「似合ってる。かわいい」

「えええええっ⁉︎」

「は⁉︎ちょっと鴉‼︎何言ってんの⁉︎」






 俺の一言に、ふたり………いや、カラスと気狐もで、4人がいっせいにこっちを向いた。






 距離を詰めてた天狗の顔が、光から離れた。






 それを見てから俺は、ぎゃあぎゃあ騒ぐ育ての親と拾った小さいのをそのままほっといて、弁当を包もうって台所に戻った。






 多分、顔がゆるんでた。

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