鴉 118

 3人分の弁当を作った。



 光に手伝わせながら作った。



 ここに来たときは何をするにも危なっかしい手つきだったのに、いつの間にかたまご焼きもうまく作れるようになってた。






「上手になったな」

「鴉が教えてくれたからね」

「………」






 俺が光を褒めたのに。






 俺を見上げて笑う光に、どう返していいか分からず目をそらした。



 何故かカラスに突かれた。






 お昼にまだなっていない時間から天狗が早く食べよーってうるさくて、外に弁当を持って出た。



 家を出て5分もかからない、ほぼ目の前にある大きなクヌギの木の下に敷き物を敷いて弁当を広げた。



 カラスも居て気狐も居て、食べ始めてすぐひとつ目とネコマタが来た。






 木の、葉と葉の間から溢れてくる夏の太陽のひかり。



 時々吹く風に、自然ではない、天狗の風を感じた。






 日陰だからそこまで暑くはないけど、光を心配して天狗が吹かせていたんだと思う。






 まだ一緒に居たい。






 天狗が言ったのは、きっと本音。



 近いいつかに光はここから居なくなる。でも。






 あと少し。



 あと少し。






 多分、天狗を含むここに居るみんなで、思ってる。



 天狗に至っては、せめて『思いがけず』な別れをなくそうと、力まで使って。






 それは意外でもあり、なんだかんだ人間が好きな天狗らしくもあった。











「ぴかるんと栗拾いしたいなあ」

「栗拾い?」






 弁当を食べ終わり、お茶も飲み終えた天狗が敷き物の上に転がって、木々の葉っぱを見上げながら言った。



 栗があるの?って、光が探すようにあたりを見ながら聞く。






「もうちょっと行ったところにね。あ、でも今行くと早落ちの栗が落ちてきて危ないから行っちゃダメだよ?」

「頭に落ちたら痛そう」

「痛いと思うよ〜。経験ないけど」

「したくないよね。そういえば僕、栗拾いってやったことないや」

「え、そうなの?」

「うん。ない」

「じゃあやろやろ。絶対やろ。栗拾いして栗ご飯食べてモンブラン作ろ」

「天ちゃんモンブランなんて作れるの?」

「いや、作ったことないけど」

「ないんじゃん‼︎」

「………栗きんとん」

「あ、そっちか。栗きんとん。鴉の好きなやつだ」

「鴉、栗きんとん好きなんだ?」

「鴉はなんだかんだ甘いものもイケるよね。その顔で」

「意外だよね。その顔で」

「………顔は関係ない」

「ないけどあるって〜。ねぇ?ぴかるん」

「うん。ないけどあるよね」

「………」






 木漏れ日がきらきらひかってて、そこにみんなで居て、腹一杯でくだらない話をして。






 こんなのがずっと続けばいいのにって、そんなことを初めて俺は、思った。











 その日、光が。



 光が夜、またうなされた。






 今日はひとつ目が居るのにも関わらず、光が昨日と同じように母さんって。






 カラスや気狐に起こされるまでもなく目が覚めて、俺は昨日と同じように光を起こした。






 起こしてごめんなさいって謝る光に、悪いと思うならってすぐ真横、同じ布団に入って光を抱き枕にした。



 いーやーだーって暴れたけど、2日連続こんな時間に俺を起こした罰だって。



 ただ心配なだけだったけどそう言って無理矢理。






 光は次の日も、その次の日もうなされた。






 見てるのは、母親のどんな夢なのか。それを俺は、聞いてもいいのか。



 母親を知らない俺が。






 どうしたらいいんだろう。






 天狗に相談しても、答えを出すことはできなかった。

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