光 115
体調はその後、悪くなることはなかった。
ってことは病院に連れて行かれることはないってことで、僕はまだここに居られるってこと。
僕に外出禁止令が出てる以外は、すごくいつも通りだった。
退屈な僕に気を使ってくれたのか、鴉がクッキー作るぞって、一緒に作った。
カッコいいけど無表情で無愛想な鴉が、黙々とハートや花の型でクッキーを作ってるのがあまりにもミスマッチすぎて僕は何回か吹き出した。
僕が何で吹き出すのか鴉には分かんないらしくて、笑う僕を鴉は不思議そうに首を傾げて見てて、それが余計に面白かった。
できたクッキーはおいしかった。
仕事前の天ちゃんにもあげた。
おいしい〜って食べてくれた。ぴかるんも鴉も天才〜って、めちゃくちゃ軽く言われて笑った。
明日からは外に出ていいよってお許しも出た。
でも近場からって念を押された。
近場ってどこだろう。
あの鳥居の場所は、天ちゃんの中で近場じゃないらしい。
聞くより先に、明日はやめとこうねって言われちゃった。
まーちゃんに乗せてってもらうから、距離はそんなに関係ないと思うんだけど。
でも、もしもを考えて言ってくれてるのが分かるから、明日は家の前ぐらいにしておくことにした。
僕だってここで何かあって病院なんて、絶対絶対イヤだから。
お弁当を作ってもらって、外で食べよう。それだけもきっとだいぶ出かけた気分になれる。
天ちゃんが仕事に行って、鴉とご飯を食べて、お風呂に入ってのんびりして。
いつも通り鴉と布団を並べて、鴉とかーくんときーちゃんと、いつも透その日は寝た。
気づいたら真っ黒な場所に立ってた。
見えるのは黒。
右も左も上も下も前も後ろも黒。
暗いんじゃなくて黒。
自分は見える。でも光源はない。
これ。
知ってる。
って思ったら、すぐそこに何かひとつ浮き上がって、僕はそっちに視線をやった。
黒にひとつ、小さく浮かび上がったのは。
口。やっぱり口。
赤い口。
女の人の、赤い。
知ってる。これ。
これは夢。前にも見た。
印象的すぎて覚えてる。変すぎて。
口は前回同様ひとつ、2つ、3つってどんどん増えた。増えて動いた。
けど声は出てなくて、動くだけ。
動きながら口は増えて、気持ち悪いぐらい無数になった。
知ってる。
出てない声が何て言ってるかも。
夢。
これは夢。
母さん。
どうせなら口だけじゃなくて姿を見せてよ。
そして教えて。夢でもいい。僕の妄想でもいい。僕にその姿で何か言って。僕に何か。
母さん。
あの日、母さんが死んじゃった日、母さんに一体何があったの?
それともあの日じゃなくてその前から何かがあったの?僕の知らない何か。
いつも通りだったじゃん。
母さん、いつもと全然変わらなかったじゃん。
あんな普通が最後なんて。
気づけるはずないじゃん。
おかしいなんて、思うわけないじゃん。
母さん。
母さんの口が動く。無数の口が無数に動く。
母さん。僕が聞きたい。僕の方が聞きたい。言いたい。
母さん。何で。
母さん。母さん。母さん。
何で。
無数の口が、無数に言った。
「光」
声が聞こえた。
光って、僕を呼ぶ声。
声からして絶対に違うのに、母さん?って聞いちゃったのは、母さんって言ってたから。
低い、ぼそぼそ話す声。
これは、この声は。
目を開けたら鴉が居た。
薄暗い部屋で、僕を覗き込んでた。
何でか珍しく、泣きそうな顔をして。
「大丈夫か?」
「………ん?」
「苦しそうだった」
「………」
苦しそう?
苦しくは、なかったよ。
苦しいより。
口。
口だけの母さんの夢に、何か意味があるのかな。
答えられないでいる僕に、水飲むか?って鴉は聞いてくれて、僕はうんって、鴉に甘えた。
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