鴉 115

「どうした?」






 天狗は俺が居ることに驚きもしないで、頭を拭きながら風呂から出てきた。






 金髪に甚平。






 和なのか洋なのかよく分からない謎の恰好。






 驚かないのは、多分俺がここに、台所に居るのが分かってたから。気配で。



 時間も早かった気がする。入って出てくるまでの。



 仕事から帰っての風呂は湯船につからずシャワーだけっていうのを差し引いても、早い気がする。






 いつもと違う俺の行動を、心配してくれる存在が居るということへの安心。






 天狗は俺が口を開くのを、じっと待っててくれてた。






「光が」

「うん」

「うなされて」

「体調悪い?」

「違う。おでこ触ったけど、熱くなかった。光も大丈夫って」

「うん。よかった」

「母親の夢を、見てたと思う」

「夢?」

「母さんって、何回も言ってた」

「………そっか。で、そのぴかるんは?」

「起こして、水飲ませて寝かせた。寝てる」

「寝れたんだ。でも、鴉が眠れなくなっちゃった?」

「………うん」






 俺の話を聞いて、そっかそっかって言いながら、天狗は冷蔵庫を開けてごそごそ始めた。






 天狗は天狗で、人ではないから別に食べたり飲んだりしなくても死なないらしい。



 ただ、エネルギーチャージ的に食べたり飲んだりすることができる。



 だから、コンロの前に立ってがたがたやり始めた天狗に、エネルギーチャージ的に食べるか飲むかするのかと思った。仕事して帰って来たから。






 そしたら、はいって。






 ダイニングテーブルの自分のところに座ってる俺の前に、マグカップ。湯気の立つ。






「眠れないときはホットミルクだよね〜。あ、飲んだら歯磨きしてね?はちみつ入れたから」

「………」

「鴉?」

「………ありがとう」

「どいたまどいたまっ」






 わしゃわしゃって、天狗の手が俺の頭を掻き回した。



 それから座る。俺の前に。






「母さん、か」






 下がる声のトーン。



 テーブルに肘をついて、落とされる視線。






「………うん」

「そこは難しいよね。オレたちは母さんっていうのを知らないから」

「………うん」






 天狗の言葉に、ホットミルクを一口飲んで頷いた。






 俺は知らない。



 天狗しか知らない。



 だから分からない。



 親。母親。家族。そういうの。






 天狗もそう。天狗は天狗だから。人じゃなくて、もののけだから。



 育児書はすごい読んだよって、言ってたけど。






「自分を生み育ててくれた人が自ら命を絶つ

 って、多分それは、ものすごくツライことなんだと思う」

「………うん」

「でも、オレと鴉にできるのは、ツライんだろうっていう想像」

「………うん」






 そう。



 想像。



 多分、きっと、ツライんだろう。



 じゃなきゃ光のにおいはあんなに悲しくならない。






 っていうのが、想像でしかない。



 だから何も言えない。何もできない。どうしたらいいのか分からない。






「………難しいね」






 天狗の呟きに、俺は激しく同意、だった。


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