光 114
恥ずかしいから絶対に言わない。言わないよ?本人たちには。
恥ずかしいし、これからもってなったらそれはそれでイヤだし。
だから言わないけど。
ちょっと、楽しかった。居間で雑魚寝ってやつ。
鴉の布団と僕が使わせてもらってる布団をくっつけて並べて、そうかなとは思ったけど、僕が一番小さいから真ん中で、布団と布団の間の溝で、ちょっと損した気分だった。
で、右に鴉、左に天ちゃん。
うわ、川だって思ったのはほんの一瞬。
僕のまわりにいっちゃんとかーくんときーちゃんが来たから、川はすぐに川じゃなくなった。
布団が2組だから、すんごい狭かった。両隣が大きいから圧もすごかった。
ちょっと動いたら誰かにあたっちゃうレベル。
両隣手足長すぎ‼︎って本気で思った。その手足邪魔って。
こんなんじゃ寝られないよっなんて、文句も言ってみたけど、本当はちょっと楽しかった。
中1の夏休みだったかなあ。数少ない、小学校から仲の良かった友だちの家に泊まりに行って、雑魚寝したのを思い出した。
忘れてたそういうのを、楽しいときもあったっていうのを、ちょっと思い出したんだよ。
で、思った。
今の僕はきっと、鴉と天ちゃん以外の人に挟まれてなんて寝られないだろうな、って。
単純に怖い。男の人って。男子って。年が近くても。近い方が余計かも。思い出して。あの日を。
なんて言いつつだけど、これは言い訳に聞こえるかもしれないんだけど。
いっちゃんが居たから、鴉と天ちゃんだからだよ。絶対そう。
僕はその日一番最初に寝ちゃって、次の日一番最後に起きてっていうか起こされて、天ちゃんに笑われた。ぴかるん寝られないって言ってたくせに〜って。
恥ずかしかった。
恥ずかしいよね。寝られないよとか言いながら即寝。熟睡。爆睡。
いじられるよね、そんなの。
そんなのがね、やっぱり。
楽しかった。
楽しかったんだよ。すごく。
絶対絶対、本人たちには言わないけどね。
その日もその次の日も、僕はふたりの言いつけを守って外に出なかった。
大丈夫って外に行って、ちょっとでも体調不良って思われたら病院に連れて行かれちゃう。
そんなの絶対イヤだから。
だからおとなしくしてた。
退屈だからせめて鴉を手伝おうと思ったのに、いいからっていつもよりあんまりやらせてもらえなくて、本当に退屈すぎて僕はぼーっと外を、空を眺めるのがそれほど苦にならない身体になっちゃった。
空がキレイだった。
山がキレイだった。
キレイだなあって、退屈の中で見てるのが、ものすごく贅沢だなって思った。
ここに来るまで、こんな風に空や景色を眺めたことなんてなかったから。
ここに居れば、天狗山に居れば、僕の矢は絶対に抜けるって何の根拠もなく思うぐらい、思えるぐらい、信じられるぐらい、空も山もキレイだった。
外出禁止2日目。
いっちゃんもかーくんも外に行っちゃって、鴉も何かぱたぱたぱたしてて、きーちゃんとふたりの静かな午後。
並んでソファーに座って、僕はすぐ横のきーちゃんを撫で撫でしてた。
真っ白でふわふわの毛。
気持ちいいなぁって。
「ごめんね、お掃除なかなか行けなくて」
それはあそこ。
赤い鳥居と狐の像があったところ。きーちゃんが住んでたってところ。
「あそこはきーちゃんのおうちなの?」
きーちゃんが、そうだよって言うみたいにきゅうって鳴いた。
おうち。
家。
きーちゃんの。
「帰りたい?」
聞きながら僕の中に思い描いたのは、赤い鳥居じゃなくて僕が住んでた家。
どんどんどんどん散らかって、汚れてって、どうしていいのか分かんなくなってた家。
「おうちに帰りたい?きーちゃん」
母さんが死んじゃって、父さんが帰って来なくなって、しんとした静かな家。
おかえりもただいまもない。いただきますもごちそうさまも。おはようもおやすみも。何もない家。
帰るところはそんなとこしかないのに、ここにはずっと、居られない。
居ちゃいけない。
死なないことを選んだ僕は、自分が居たところに、生きるために。
帰らなきゃ。
「僕はね………帰りたいじゃなくて、帰らなくちゃいけないって、思ってる」
帰りたいなんて、思えない。あんなところ。
ひとりぼっちになった僕が住んでた家と、荒れ果てた赤い鳥居の、きーちゃんが住んでたところが、僕の中でリンクした。
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