光 112

しばらく何でか笑われた。



鴉の上に乗っけられたまま笑われた。



何に笑ってるのかよく分かんないけど、普段無愛想で無表情の鴉が吹き出して笑うってあんまりないから、天ちゃんが鴉が笑ってる〜って言う気持ちは分からなくもない。



かわいいとは思わないけど、イケメンって顔崩しての爆笑さえイケメンなんだ。



とは思う。






………モテるだろうな、とも、思う。






思ってちょっとムッとした。






同じ男なのに同じ土俵にも立てないこの違い。






とか。






「わっ」






なんて鴉を見て思ってる間に、鴉はむくって起き上がって、そのまま僕をひょいって持ち上げてソファーに乗せた。






どんだけ力持ちなの?鴉って。






どうやったらこんな風になるんだろう。なれるんだろう。



僕だって男なのに。






神さまって不公平だよね。



僕だって同じ土俵に立てるはずなのに、こんなんじゃそもそも論で立つ気にもなれない。






僕は鴉にそのまま寝かされて、鴉に抱きついた勢いで落ちた保冷剤をまた身体にセットされた。






今の今まで笑ってた鴉はもう居なくて、いつも通りの無な鴉。






鴉はよく分かんない。



鴉の感情の動きは全然分かんない。



でも、悪い人じゃなくて。良い人で優しい人で。






世話焼きな人。






僕はもうすっかり鴉に世話を焼かれるのがイヤじゃなくなってる。



イヤじゃなくなってるどころか。






鴉に世話を焼かれない僕が、僕には想像できないよ。











少しの間放置だった。



鴉がぱたぱた何かしてた。



天ちゃんは僕が寝てるソファーから見えるところにずっといた。



いっちゃんたちもやっと近づいて来て、ソファーの下や背もたれにそれぞれ陣取ってる。






天ちゃん、仕事、いいのかな?



仕事っていうか、仕事のための寝溜め。



天ちゃんが何でホストをやってるのかナゾだけど、夜の仕事だから昼間はいつも基本寝てるのに。






ぱたぱた動き回ってた鴉が戻って来て、冷たい枕を変えてくれた。



保冷剤はもういいかって僕のおでこやほっぺた、腕を触って熱さを確認して言った。



そして、水分補給しろって起こしてくれて、天ちゃんが作ってくれたジュースをコップに注いで持たせてくれた。






そんな僕らを見てた天ちゃんが、言った。






「ぴかるん明後日まで外出禁ね〜」

「え⁉︎」

「大丈夫だと思うけど、一応ね。念のため。ちなみにもし今日これから熱が出たり、明日になって頭痛いとか気持ち悪いとか、いつもと違う感じがあったら病院連れてくからね」

「ええ⁉︎びょ、病院って‼︎」






急に言われてびっくりした。



そんな大したことないって思ってたから余計だった。



何言ってるの天ちゃん、僕元気だよ。






「だって、何かあったら困るでしょ?」

「そうだけど‼︎でも‼︎大丈夫だよ‼︎だから病院はっ………」






だって、だって、病院に行ったら。






僕は探されてるんでしょ?



家を出てから、ここに来てから今日まででどこまでどんな情報が流れてるのかよく知らないけど、病院なんか行ったら。



見つかったら。バレたら。僕。






「………病院行ったら、ここに戻れなくなっちゃうじゃん」






思わず鴉って、呼んだ。



そうでしょ?そうだって言ってよ。戻れなくなっちゃう。だから行かなくていい、大丈夫って。






言って欲しかったのに。






「俺も天狗に賛成」

「鴉っ‼︎何で⁉︎」






鴉は言ってくれなかった。






「お前に何かあったらイヤだからだ。だから、ちょっとでもおかしいと思ったら言え。絶対だ」

「だって‼︎だって病院なんかに行ったら‼︎」

「それでここに戻れなくなっても、だ。光に何かあるよりよっぽどいい」

「じゃあ鴉はもう僕に会えなくてもいいって言うの⁉︎」

「そんなこと言ってない。それとこれは別だ」

「別じゃないよ‼︎僕まだここに居たい‼︎矢が全部抜けるまでは帰らない‼︎帰りたくない‼︎」






せっかく鴉が持たせてくれた、せっかく天ちゃんが作ってくれたジュースが、コップからこぼれて、僕の手を濡らした。






すぐに鴉がコップを取ってって、保冷剤に巻いてあったタオルで手を拭いてくれた。






ごしごし。ごしごし。






「光。もしここに戻れなくなっても、天狗を呼べばいいだけだ。天狗はすぐに光の場所が分かる。だから大丈夫」

「………そうだけど。そうだけど‼︎そうだけどそうじゃないよ‼︎」






撫でられる頭。



落ち着けって落ち着いた鴉の声。






何でそんなに落ち着いてるんだよ。落ち着いていられるんだよ。



僕って鴉にとって、天ちゃんにとってその程度の存在でしかないの?その程度にしかなれないの?






ううん、違う。



分かってる。






まだここに来て日は浅いけど、僕はちゃんとこのふたりに大事にされてる。



もちろん、天ちゃんと鴉っていう関係には及ばない。一緒に居る時間の長さがふたりとは全然違うんだから、及ばなくて当たり前。






それでも、病院に行けってことは、僕のもしもを心配してくれて、で。



僕のもしもを、イヤだと思ってくれて、で。







僕は、すぐ前に居る鴉の肩におでこをくっつけた。



黒いTシャツをぎゅって握った。






「………まだイヤだ。まだ帰りたくない。病院には行かない」






言ってて泣けてきた。



いつか帰る。そのいつかは矢が全部抜けたときって決めてる。



だからそれは近いいつかで、今日や明日のことじゃない。






「ちゃんと天狗のジュースを飲んで寝よう。明後日までは家でおとなしくしよう。光の身体が一番だ。俺も一緒に居てやる。好きなものも作ってやる。だから、な?」






鴉の声が、頭の、髪の毛のとこでしてた。



その声は、いつもの無表情の声じゃなくて。






優しい優しい、声だった。

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