鴉 111
しばらく光を上に乗せたまま笑ってから、俺はよいしょってまたソファーに寝かせた。
俺に抱きついたはずみで落ちた保冷剤もまた脇と脚の付け根に乗せた。
少し考えて天狗が居るしって、俺は光を天狗に任せて光が朝持って行った鞄を開けて、空になってる水筒や食べてない弁当を出した。
弁当は………この天気でこの暑さだからと、手を合わせてから処分した。
水筒と弁当箱を洗って、あちこちにじゃりじゃりするところを発見して、何だこれは?ってうろうろした。
どこかからまた野生動物が入ってきたのか?
うろうろしたけど見つからなくて、とりあえずの捜索とじゃりじゃりの原因追求はやめた。
アイスノン。
多分まだ冷たいだろうけど。
けども。
俺はもうひとつのアイスノンを持って、居間に戻った。
戻ってまず確認。熱の。光の熱さの。
おでこ、ほっぺた、腕。
出てるところに触れて、安心。
冷えてきた。
テーブルに置いてある天狗のジュースをグラスに注いで、起き上がらせた光にそのグラスを手に握らせた。
それをずっと無言で見てた天狗が言った。
「ぴかるん明後日まで外出禁ね〜」
え⁉︎って光は驚いてるけど、まあそうだなって俺は思った。そうした方がいい。っていうかそうしろって。
「大丈夫だと思うけど、一応ね。念のため。ちなみにもし今日これから熱が出たり、明日になって頭痛いとか気持ち悪いとか、いつもと違う感じがあったら病院連れてくからね」
「ええ⁉︎びょ、病院って‼︎」
また驚く光。
そうだなって思う俺。
「だって、何かあったら困るでしょ?」
「そうだけど‼︎でも‼︎大丈夫だよ‼︎だから病院はっ………」
棘岩から帰って来てから、天狗と光の様子を見てた。
意識がなくなるとか吐くとか、そういうのはなかった。
何回か水分補給のために起き上がったけど、ふらつくとかもなかった。
ちょっと頭が痛いとは言ってるけど、熱もない。
だから、大丈夫だとは思う。
でも、天狗は人間じゃないし、人間の病気やケガに対する知識に長けてるんでもない。
俺を育てて来た上で必要だった応急処置を、少し知ってる程度。
だから、光が頭を打った最初のときもそうだったけど、だからもしもの場合は、もしかしたらの場合は。
それが光じゃなくても。
それが俺でも。
天狗は絶対言う。最終的には病院に連れて行くって。
「………病院行ったら、ここに戻れなくなっちゃうじゃん」
例えそうでも。
ソファーに座って天狗が作った飲み物を飲んでた光が、グラスを両手で持ったまま小さく力なく呟いて俯いた。
その光に、具合がだいぶ良くなったのを察した小さいの3人がそれぞれ光にくっついてる。
ソファーにカラス。足元にひとつ目と気狐。
俺は交換するために持って来たアイスノンを台所に取りに行ってて戻って来たところだった。
鴉って、光が助けを求めるみたいに俺を呼んだけど。俺は。
「俺も天狗に賛成」
「鴉っ‼︎何で⁉︎」
「お前に何かあったらイヤだからだ。だから、ちょっとでもおかしいと思ったら言え。絶対だ」
「だって‼︎だって病院なんかに行ったら‼︎」
「それでここに戻れなくなっても、だ。光に何かあるよりよっぽどいい」
「じゃあ鴉はもう僕に会えなくてもいいって言うの⁉︎」
「そんなこと言ってない。それとこれは別だ」
「別じゃないよ‼︎僕まだここに居たい‼︎矢が全部抜けるまでは帰らない‼︎帰りたくない‼︎」
泣きそうな顔。
中身の入ったグラスを持ったまま大声で叫ぶから、光の手が濡れた。
俺は光の手からグラスを取り上げて、テーブルの上に置いた。
ソファーの保冷剤から小さいタオルを取って、そのタオルで光の手を拭いた。
何から何まで手がかかるな、この小さいのは。
「光。もしここに戻れなくなっても、天狗を呼べばいいだけだ。天狗はすぐに光の場所が分かる。だから大丈夫」
「………そうだけど。そうだけど‼︎そうだけどそうじゃないよ‼︎」
それだけ大声で喚けるなら、よっぽど大丈夫だと思うぞ、とは、言わない。
もし大丈夫じゃなかったときのことを考えて。
よしよしって、光が座る前に膝をついて、光の頭を撫でた。
落ち着けって。
「………まだイヤだ。まだ帰りたくない。病院には行かない」
光は声を震わせた。
俺の肩におでこを乗せて、俺のTシャツをつかんだ。
光はいつか帰る。
近いいつかここを出て、自分が居た場所へ。
でもそのいつかはまだで、光にその覚悟はできていない。
分かるよ。
その気持ちは俺もよく分かる。
今でこそ病気もケガも大してしないけど、俺もずっと同じだから。
何かあったら病院。
その病院に行ったら。
「ちゃんと天狗のジュースを飲んで寝よう。明後日までは家でおとなしくしよう。光の身体が一番だ。俺も一緒に居てやる。好きなものも作ってやる。だから、な?」
ぽんぽん。ぽんぽん。
光の頭を、撫でながら。
ぐすって光が鼻を鳴らした。
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